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『ニューヨーク・ニューヨーク』スコセッシのキャリアを潰しかけた壮大な問題作

(c)Photofest / Getty Images

『ニューヨーク・ニューヨーク』スコセッシのキャリアを潰しかけた壮大な問題作

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撮影現場にカオスをもたらした終わりなき即興演技



 撮影が長引いた理由は、スコセッシとデ・ニーロが好んだ即興演技にあった。スコセッシ自身が後に当時を振り返り「自分たちは慢心して、どんな脚本にも満足できなくなっていた」と語っている。最初にあった脚本に従うのではなく、即興演技によって書き換えようとしたのである。


 まず事前のリハではシーンの流れと着地点を決めて、デ・ニーロとライザ・ミネリが即興で演技をする。その演技を元にして脚本を書き直す。さらに本番では、書き直した脚本を下敷きにして即興を取り入れる。それまで即興演技の経験がなかったライザ・ミネリは、次々とパターンを変えて演技するデ・ニーロに魅せられ、即興の面白さに目覚めていった。


 一方で新たな可能性を追求するあまり、即興には果てがなくなり、誰一人としてゴールが見えていなかった。編集作業も悪夢だった。3人の編集者が昼も夜も作業をしたが、セリフが決まっていないため繋がりを生み出すのに大いに苦労し、短く切ろうとすると流れを損なうので、どうしてもシーンが長くなっていく。そして即興で生まれた新しい流れに合わせるために、また脚本が書き換えられ、辻褄を合わせるための再撮影が必要になる。それでもセットは予定を立てて次々と建て替えなくてはならず、現場は混乱と非効率の極みだった。


 それでもスコセッシは、ダンスホールの即興演技が上手くいったことに背中を押され、ほぼすべてのドラマシーンで即興演技を奨励した。バンドのリハーサルでジミーとフランシーヌが対立するシーンだけは、事前の即興をもとに内容が決まっていたが、他のシーンでは際限がなかった。



『ニューヨーク・ニューヨーク』(c)Photofest / Getty Images


 ジミーがフランシーヌにプロポーズするシーンでは、デ・ニーロが誤ってドアのガラスを強く叩いて割ってしまった。スコセッシはガラスが割れるのを気に入り、撮影用の特殊なガラスが届くまで撮影は中断しなくてはならなくなった。再開後もスコセッシはOKを出さず、気がつけば20テイクを超えていた。就労時間の超過を心配したウィンクラーが「もう十分だろう」と止めようとすると、スコセッシは「さっきのテイクでライザの目に涙が浮かんでいた。あと2、3テイクで彼女の涙が撮れる。それでも君は止めろと言うのか?」と返した。ウィンクラーは続行を認め、翌日の撮影は延期にした。撮影と撮影の間に一定時間をあける規定に従わなくてはならなかったからだ。


 最初に撮った「ハッピー・エンディングス」のシークエンスを見せられていた配給のユナイテッド・アーティスツは、おそらくハリウッド黄金期へのオマージュに満ちたハッピーな作品を想像していただろう。しかし映画はまったく違う方向へと走り出しており、11週の予定だった撮影は20週間に及び、製作費も膨れ上がった。最終的にかかったコストは900万ドルとも1,400万ドルとも言われている。同年公開の『スター・ウォーズ』(77)が1,100万ドルだから、前代未聞のスケールの“夫婦ゲンカ映画”ができあがったとも言える。


 即興演技は確かに行き過ぎていたものの、マイナス面ばかりだったわけではない。いったいどこに向かうかわからないデ・ニーロとライザ・ミネリの演技は、シーンに緊張感と奇妙な説得力をもたらし、他では味わうことのできない不穏なリアリズムが生まれたのだ。


 そもそも主人公のジミーは、黄金期のハリウッド映画ではありえない、エゴイスティックで無責任な、有害な男性性を体現するような主人公だが、デ・ニーロは徹底してクソ男として演じ続けた。現代の視点から見て、ジミーを問題の多い不快な男だと思う人もいるだろうが、それは制作時から意図されていたことだった。


 デ・ニーロがジミーの邪さや愚かな一面を掘り下げ、ライザ・ミネリが全力で食らいついたことで、『ニューヨーク・ニューヨーク』は救いようもないほど赤裸々な夫婦の諍いの物語になった。見ていて楽しいものではないかも知れないが、男女のままならない関係性を真摯に描いたという点だけでも傑作認定に値すると筆者は思っている。しかも、今では実現不可能であろう壮麗なセットを使った映像美にも必然性がある。ダークなドラマパートとみごとなコントラストを成す相乗効果を生んでいるのである。





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