臨死体験の描写
リリアンの死の過程をどう描くかに当たって、ブルース・ジョエル・ルービンの原案には臨死体験の描写はなかった。そこで撮影監督のリチャード・ユーリシッチが、心理学者スタニスラフとクリスチーナのグロフ夫妻による研究をトランブルに紹介する。
グロフ夫妻はLSDを用いた実験を繰り返し、トランスパーソナル心理学という分野を切り開いた人物である。そして人間には普遍的な意識の層があり、子宮内での幸福感、収縮運動による痛みと不安感、子宮頸管を通り抜ける恐怖感、出産が完了した自由と開放感の4段階から構成されているという分析を行った。
トランブルは、この場面の構成をVFXスーパーバイザーのアリソン・イェルザに任せることにした。イェルザは、グロフ夫妻の理論をベースにして、デステープを「平安」「不安」「地獄」「天国」の4段階構成とする。さらに脳科学、精神医学、臨死体験などの研究論文や書籍を読み漁り、イメージを具体化するために関連する絵画も集めた。すると世界に共通する死後のイメージが、やはり4つのカテゴリーのどれかに分類できることに気付く。
『ブレードランナー』との掛け持ち
こうしてようやく『ブレインストーム』が動き出したタイミングで、『ブレードランナー』(82)の依頼が舞い込み、トランブルは兼任でVFXスーパーバイザーを引き受けることになった。彼はすんなりOKした理由(*2)として、「『ブレードランナー』は、すっかり飽きが来ていた宇宙映画ではなかったし、監督のリドリー・スコットが自分の考えを適確に言語化表現できるばかりか、絵に描いて見せられることに強い感銘を受けた。その上『エイリアン』(79)の監督であり、CM制作の経験も豊かだった。そして我々の所に話が来たのが、公開までに充分時間があったことも大きい」とCinefex No.9で語っている。(*3)
だが、実際の理由は別にあったのではないだろうか。なぜならトランブルが新たに設立したEEGには、収入がまったくなかったからだ。それにも係わらず、機材の購入費やレンタル費、開発費、スタジオの維持費、従業員への給料など、出費はかさむばかりで、少しでも空いている時間を埋める必要に迫られていたはずだからである。
そこで『ブレードランナー』のVFXスーパーバイザーは、トランブルとユーリシッチ、さらにデヴィッド・ドライヤーを加えた3人体制とした。ドライヤーにはVFXや長編映画の経験こそなかったが、ユーリシッチがCMのカメラ助手を務めていた時の監督だった。ユーリシッチは、彼の独創性と技術的知識の深さに感銘しており、トランブルに推薦して理想的人材であると意見が一致した。そしてトランブルとユーリシッチが、『ブレードランナー』のVFX作業の基礎を固め、彼らが『ブレインストーム』で忙しくなってきたタイミングで、ドライヤーが引き継いでいった。
*2 この他に『ブレードランナー』の製作助手に、アイヴァ・パウエルがいたことも関係している。彼は『2001年宇宙の旅』の宣伝担当者で、トランブルと面識があったのだ。またリドリー・スコットの『デュエリスト/決闘者』(77)や『エイリアン』でも製作助手を務めており、EEGとの橋渡しとして活躍した。
*3 EEGは『ブレードランナー』のVFX費用を550万ドルと見積もったが、スタジオ側が用意できるのは200万ドルが上限だと言ってきた。そのためシナリオの大胆な変更が行われ、デッカードがモノレールに乗り、砂漠からロサンゼルスのユニオン・ステーションにやってくる場面や、自動運転車で混み合った16車線の高速道路、塔のようにそびえる立体駐車場など、半分以上のVFX要素が省かれている。それでも最終的に、350万ドル掛かってしまった。