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『ブレインストーム』困難を乗り越え作り上げたダグラス・トランブル監督作(後編)

(c)Photofest / Getty Images

『ブレインストーム』困難を乗り越え作り上げたダグラス・トランブル監督作(後編)

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臨死体験のVFX



 イェルザは、グロフ夫妻の第1段階を「記憶のシャボン玉」と名付けた。黒バックに数千個ものシャボン玉が並んでおり、その1つ1つにリリアンの想い出が記憶されているという表現である。


 カメラに近いエリアにあるシャボン玉には、35mmカメラに魚眼レンズを装着し、劇中の様々な場面を撮影したフィルムがリア・プロジェクションされる。単純にこれだけだと球体に見えないため、クロムメッキした球体を並べて撮影したスチル画像が二重露光されており、周囲のシャボン玉が写り込んでいる様子が表現された。そしてコンプシーの機能を用い、カメラが1つのシャボン玉に近付き、今度はそこを離れてシャボン玉の間を通り抜けながら、また別のシャボン玉に接近するという、複雑な軌道を実現させている。中景、遠景に並ぶシャボン玉は、直径2.5~5cmの丸いスライド写真を並べて背後から照らし、コンプシーで多重露光して作られた。


 第2段階は、記憶が崩壊し、無意味なものへと飛散していくイメージとして表現された。ここでは劇中に登場したリアリティレコーダーのデバイス、テープとリール、デジタルスレート、CRTモニター、ニトログリセリンの瓶と錠剤などが無秩序に飛んで行く。本来トランブル作品であれば、モーションコントロールカメラを用いたマルチパスで、シルエットマット(*5)を抽出する場面だろう。だが予算も時間もなかったため、ブルーバックの前にワイヤーで吊るしたり、単純に放り投げるという方法で撮影された。結果として青いマットラインが見えるという、およそトランブルらしからぬ仕上りになっている。


 第3段階は地獄のイメージである。EEGスタッフは、汚物の山のような造形物を作り、所々にリア・プロジェクションのスクリーンを仕込んだ。ここには、潰瘍だらけの特殊メイクをしたスタッフの映像が投映され、さらに本物の牛の内臓や脳もデコレーションされた。その出来上がりは、あまりにも不快だったため、試写の結果大胆にカットされることになり、最終的には7秒間だけになってしまっている。


 最後の第4段階は、いよいよ天国に召される場面となる。まず、魂が地球から離脱していくイメージで、『2001年宇宙の旅』の冒頭シーンのように、画面手前の地球の後方から太陽が昇って行く。そして魂は、天の川銀河を通り抜けていく。このために著名な天体画家であるアドルフ・シャラーが、宇宙塵、恒星、星間ガス、球状星団など、120種類もの精密な絵を描き、これをマルチプレーンで立体的に配置して、銀河内部の通過感を巧みに表現した。


 さらに魂は、極小の世界に飛び込んでいく。その過程は、モーションコントロール式のアニメーションスタンドで作られた、複雑なストリーク(*6)で表現されている。そしてついには原子の世界にまで至る。原子の描写は、教育映像などでよく見られる、球体で原子核と電子を表現する手法ではなく、より現実に近いボンヤリした電子雲として描かれた。技法としては、直径の異なる半円を多色ワイヤーで数多く作り、これを組み合わせて立体的な針金細工にする。これを、ローリングとピッチングの2軸で回転させ、ストリークで立体的な透明球体を出現させた。これだけだと単純な多重の球体になってしまうため、針金を歪ませたり、ストロボライトでアクセントを加えるなどして、電子雲のランダムさを表現している。この原子は、リア・プロジェクションで再撮影されて、2種類の結晶格子に配列された。


 第4段階の終盤では、臨死体験で頻繁に報告される「光」に包み込まれるイメージが表現された。この素材になったものは、ライトアーティストのジェリー・モラウスキーが不定形な光のパターンを8×10インチのスライドで数多く作り、ここからイェルザが3~4枚選んで重ね焼きした。さらに、明るいクォーツライトのレンズフレアを撮影して、芯となる光を作っている。この光の中に、膨大な数の魂(天使)が飛んで行く。この天使は、スーザン・キャンプというダンサーが白く長い布をまとい、羽ばたくアクションをバックライトで撮影したものだ。夜間の駐車場で夜空を背景にして、4倍速で撮影することでフワフワした雰囲気を演出している。この天使は、コンプシーを用いてリア・プロジェクションし、多重露光で700体程度に増殖されて、川の流れのような動きが表現された。


 実際、臨死体験を描いた映画は少なくないのだが、やはり本作のこのシーンが最高傑作だろう。説明過多にならず、宗教臭くもなく、具体性と抽象性のバランスが良い塩梅で保たれている。そして何より圧倒的に美しい。


*5 まず被写体を、普通にモーションコントロール撮影する。2回目に照明を当てず、同じカメラ軌道で白バックを用いてシルエット撮影。3回目には、被写体を白くテーピングして、黒バックで撮影する。そして2回目と3回目のフィルムから、オプチカル・プリンターを用いて高精度のマットを抽出する。『未知との遭遇』や『ブレードランナー』では、被写体を煙の濃度を正確に安定させたスモークルームで撮影し、さらに電飾などを複数のパスでフィルターを変えて撮り分けるなど、非常に時間の掛かる方法を用いていた。


*6 ストリークは、フィルムを固定した状態でシャッターを解放し、カメラや被写体を動かすことで、その軌跡を露光させていく手法。カメラや被写体の動き出す位置を少しずつ変えて撮影を繰り返すことで、立体的な図形が動いているように表現できる。70年代にロバート・エイブル&アソシエイツがCMで多用し、日本を含む世界中で爆発的に流行した。





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