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『メランコリア』クリームの上にクリームを重ねたような、甘美な黙示録

(c)Photofest / Getty Images

『メランコリア』クリームの上にクリームを重ねたような、甘美な黙示録

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セラピーから得たモチーフ



 『メランコリア』のストーリーは極めて単純明快。うつ病を抱えるジャスティン(キルスティン・ダンスト)は、マイケル(アレクサンダー・スカルスガルド)との披露宴を台無しにして、離縁を突きつけられてしまう。夫も職も失った彼女は、姉クレア(シャルロット・ゲンズブール)とその夫ジョン(キーファー・サザーランド)の屋敷で静養することに。やがて巨大惑星“メランコリア”が地球に接近していることが判明し、衝突の可能性にクレアたちは恐れおののくが、ジャスティンは逆に生気を蘇らせていく…。


 二人の姉妹を主人公とする構想は、女優ペネロペ・クルスとの手紙のやり取りから生まれた。彼女はトリアーの大ファンで、作品への出演を熱望する手紙を書いたのだが、その中で「是非あなたに映画化してほしい」と提案した作品が、劇作家ジャン・ジュネの代表作『女中たち』。この戯曲に登場する女中姉妹ソランジュとクレールが、『メランコリア』のクレアとジャスティンの原型となる。


 だが主人公ジャスティンのキャラクターは、ラース・フォン・トリアー自身を生き写したものだ。彼が長い間うつ病を患っていたことは、よく知られている。精神科医の斎藤環は、専門家の立場からこんな所見を述べている。



『メランコリア』(c)Photofest / Getty Images


 「彼の発言として知られる“基本的に人生におけるすべてが怖い”という言葉は、真のうつ状態を実際に体験したものだろう。(中略)彼の“うつ”は、そう言って良ければ古典的タイプのうつ病、いわゆるメランコリー親和型のうつ病に限りなく近いもののように思われる」(*3)


 ドイツの精神医学者フーベルトゥス・テレンバッハよって提唱された“メランコリー親和型”は、一般的に「生真面目で責任感が強いタイプ」と定義されている。徹底的に摩擦を避け、自分よりも他者を重視しすぎるが故に、心のバランスを失い抑うつ状態となってしまうのだ。


 トリアーは生涯にわたって不安に苛まれ続けてきた。小さい頃は、飛行機の音を聞くたびに「第三次世界大戦が勃発する」と震えていた。そんな人物が、映画監督として多くのスタッフ・キャストを統率しようなんぞ、うつが重症化しかねない。彼は治療のためにセラピー・セッションを受けることになるのだが、その時にセラピストから聞いた一言が、『メランコリア』のモチーフとなった。曰く、「悲惨な状況に陥ったとき、うつ病の人間は普通の人よりも冷静でいられるものなんだ」。


 トリアーにとっては、神の啓示にも等しい至言だっただろう。かくして、“地球が滅亡することで魂が救われる”という、究極のハッピー・サッド・ムービーが誕生する。





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