病に侵されていたオリヴィエ
しかし、そこには大きな難問が待ち受けていた。当時、ローレンス・オリヴィエは癌を患って、余命いくばくもないと診断されていたのだ。保険に入ることもできない俳優と契約するのは、スタジオにとってあまりにもリスクが高い。パラマウントは彼の起用を拒否し、ロバート・エヴァンスは悲嘆に暮れる。
普通なら匙を投げるところだろうが、彼は自分の描いた理想図を簡単に諦めるような器ではなかった。豊富な人脈を駆使してイギリス貴族院と面会を取り付けると、そこからロンドンの保険市場に圧力をかけて、まんまとオリヴィエに保険をかけることに成功してしまう。さすが“伝説のカリスマ”、とてつもない行動力なり。
『マラソンマン』(c)Photofest / Getty Images
死期が近いことを悟り、少しでも多くの財産を妻や子供たちに残したかったオリヴィエにとっても、このオファーは渡りに船だった。彼は鎮痛剤を大量に飲み、癌の治療を受けながら、この難役に挑む。時には薬の影響で、セリフが少ししか覚えられないこともあったという。
にも関わらずこの名優は、全身全霊をかけた超絶演技を披露。迫真の芝居が認められて、アカデミー賞の助演男優賞にまでノミネートされる。しかもオリヴィエは癌との戦いにも打ち勝ち、1989年7月11日に82歳でこの世を去るまで、役者道を全うした。見事な生き様というべきだろう。
遂に実現した、ダスティン・ホフマンとローレンス・オリヴィエとの夢の共演。けれども二人の演技スタイルは、「水と油」と呼んでもいいくらい異なるものだった。拷問シーンの撮影で、オリヴィエはダスティン・ホフマンにこう尋ねたといわれている。「なぜ、演技しないんだね?」と。古典的なシェイクスピア演劇で育ってきた彼にとって、ホフマンの芝居はあまりにも未知なものだった。