古典演技 VS. メソッド演技
ダスティン・ホフマンは、リー・ストラスバーグのアクターズ・スタジオでメソッド演技法を学んだ、生粋のメソッド・アクターだ。メソッド演技とは、ロシアの演出家コンスタンチン・スタニスラフスキーによって考案された「スタニスラフスキー・システム」を、より拡張・発展させたもの。実際の経験から、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚の記憶を呼び起こすことで、より自然な演技を目指す演技テクニックである。
当然ホフマンは、『マラソンマン』出演にあたって徹底した役作りを行なった。アベベに憧れるアマチュア・ランナーという設定のため、1日4マイルを走り込み。自宅のバスタブでゼルの手下に襲われるシーンでは、リアルに見せるためにできるだけ浴槽の中に浸かることを主張。数多くのテイクを重ねて、しまいには酸素吸入をするハメに。そして拷問のシーンでは、本当に徹夜してゲッソリした姿で撮影現場に現れた(本人は最初の妻との離婚を忘れるために、連日連夜パーティを行なったと証言している)。
『マラソンマン』(c)Photofest / Getty Images
巷間伝えるところによれば、サー・ローレンス・オリヴィエはメソッド演技法に対して否定的な立場であり、ダスティン・ホフマンとの関係性も決して良好ではなかったという。監督のジョン・シュレシンジャーも、インタビューでこんなコメントを残している。
インタビュアー「オリヴィエがホフマンとぶつかった、という伝説がありますね。どこまでが真実で、どこまでが伝説なのでしょうか?」
ジョン・シュレシンジャー「オリヴィエはアドリブを嫌がっていたけど、ホフマンはアドリブ芝居をしていたと思うよ。オリヴィエがホフマンではなく私に、“なぜ彼は普通の演技をしないのか?”って聞いたのも本当だ」※
その一方で、撮影の最終日にオリヴィエがホフマンの自宅を訪れて、「ウィリアム・シェイクスピア全集」をプレゼントした、というエピソードも伝わっている。実際にシーンの一部分を朗読して、ダスティン・ホフマンを感激させたんだとか。筆者には、このエピソードが「古典演技 VS. メソッド演技の対立」というよりも、「異なる演劇フィールドの第一線で活躍するプロフェッショナル同士の、エールの交換」のように思えてしまう。
『マラソンマン』は、硬質でタイトなサスペンス映画でありつつも、新旧アクターの火花散る対決を存分に堪能すべき作品なのだ。
※Cinephilia & Beyond
https://cinephiliabeyond.org/john-schlesingers-marathon-man-remarkable-film-levels
参考:
https://www.imdb.com/title/tt0074860/trivia/
https://en.wikipedia.org/wiki/Marathon_Man_(film)
文:竹島ルイ
ヒットガールに蹴られたい、ポップカルチャー系ライター。WEBマガジン「POP MASTER」主宰。
(c)Photofest / Getty Images