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『トロン:レガシー』CG・デザイン・新技術にこだわりぬいたジョセフ・コシンスキー監督デビュー作 前編 ※注!ネタバレ含みます。

(c)Photofest / Getty Images

『トロン:レガシー』CG・デザイン・新技術にこだわりぬいたジョセフ・コシンスキー監督デビュー作 前編 ※注!ネタバレ含みます。

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AI技術の可能性



 こういった顔の加工技術は、AIのディープフェイクでますます加速しつつある。例えば、UCL、スタンフォード、TUM、ケンブリッジの研究者と起業家チームによって17年に設立された、ディープフェイクの商業化を目的とした会社Synthesiaでは、実在の人物の映像を取り込んだ後、合成音声に顔の動きをマッチさせ、新しい映像を作成するサービスを行っている。実例として「David Beckham speaks nine languages to launch Malaria Must Die Voice Petition」(19)という公共広告では、デイヴィッド・ベッカムが、ヒンディー語、アラビア語、キニヤルワンダ語など9か国語で、マラリア対策の必要性を語りかけている。


「David Beckham speaks nine languages to launch Malaria Must Die Voice Petition」


 また『チェチェンへようこそ―ゲイの粛清―』(20)は、LGBTQであることは罪とされ、公然と迫害と拘禁、拷問などの虐待が行われている、ロシア支配下のチェチェン共和国の実態を描くドキュメンタリー作品だった。本作では、出演する被害者や避難者たちの身の安全を図るため、顔をボランティアである米国のLGBTQ活動家のものに、ディープフェイク技術を用いて挿げ替えている。この作業を担当したのは、インドのVFXプロダクションである、アトミック・アーツ社だった。


 さらに、ドイツのマックス・プランク研究所の技術を応用し、映画監督のスコット・マンが21年に設立したFlawless社のサービスTrueSyncは、別言語に吹き替えられた映像を、セリフに合った唇の動きと表情に修正するというものだ。


 また、先に述べた『ローグ・ワン』のILMによる不出来なCGレイア姫だが、Shamookと名乗るYouTuberがディープフェイクでリメイクしている。これはDeepFaceLabというツールを用い、800ドルのPCを24時間稼働させて作成した映像だった。結果として、大手のVFXプロダクションよりも、アマチュアの作るディープフェイク映像の方が、リアリティでもコスト面でも勝ってしまったのだ。これは、ルーカスフィルムに無許可で行われたため問題になると思われたが、逆にILMが興味を持ち、Shamookをスカウトしてしまうという結果になっている。


Shamook「Princess Leia Fixed using Deepfakes」


 ディープフェイクの映像への応用は、日本でも試みられている。NHK総合「よるドラ」で放送されていたドラマ『きれいのくに』(21)では、男性は皆が稲垣吾郎、女性は加藤ローサの“トレンド顔”になっているという設定だった。これはNHKアートのVFXスタッフが、DeepFaceLabを用いて機械学習させたものである。


 一方『トロン:レガシー』を作ったコシンスキー監督は、今度は『トップガン マーヴェリック』(22)で音声のAI再現に挑戦している。この映画には、前作で主人公のライバル“アイスマン”を演じたヴァル・キルマーが再登場しているが、彼は14年に喉頭がんを患い、発声機能に障害を持つことになった。そこでコシンスキー監督は、AIによる人工音声サービスを行うSonantic社に協力を要請し、キルマーのセリフの再現を実現させた。ちなみにSonantic社は、エンターテインメント業界向けにリアルな人工音声を提供する目的で、18年にロンドンで創業した会社である。


 このようにコシンスキー監督は、新技術の導入に対し、非常に積極的な監督と言える。彼が切り開いた道は、今後も多くの追随者を生むだろう。どうしても俳優の姿や声にコンピューターが関わって来ると、反感を抱く人が現れるのは仕方がないことである。だが、シンセサイザーのような電子音に抵抗を持つ人が少なくなったように、いずれは普通に溶け込んでいくと思われる。


後編へ続く



参考資料:

https://www.indiewire.com/2021/07/lucasfilm-hires-deepfake-youtuber-mandalorian-skywalker-vfx-1234653720/

https://www.sonantic.io/blog/helping-actor-val-kilmer-reclaim-his-voice



文:大口孝之(おおぐち たかゆき)

1982年に日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター。EXPO'90富士通パビリオンのIMAXドーム3D映像『ユニバース2~太陽の響~』のヘッドデザイナーなどを経てフリーの映像クリエーター。NHKスペシャル『生命・40億年はるかな旅』(94)でエミー賞受賞。VFX、CG、3D映画、アートアニメ、展示映像などを専門とする映像ジャーナリストでもあり、映画雑誌、劇場パンフ、WEBなどに多数寄稿。デジタルハリウッド大学客員教授の他、早稲田大理工学部、女子美術大学専攻科、東京藝大大学院アニメーション専攻、日本電子専門学校などで非常勤講師。



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