『トロン』あらすじ
IT企業エンコム社の元社員である天才エンジニア、ケヴィン・フリンは、ゲーム「スペースパラノイド」を開発したものの、その全データを同僚のデリンジャーに盗まれてしまう。デリンジャーが自身の作として発表した「スペースパラノイド」は大ヒットとなった。それをきっかけにデリンジャーは出世してENCOMの社長にまで登りつめる。その一方でフリンは場末のゲームセンターのマスターへと追放されてしまう。そしてフリンは盗作の証拠を掴むべく、エンコムにハッキングを試みる。
コンピューターグラフィックス(CG)を大規模に用い、サイバー空間を映像化するという、これまでにない斬新な映画『トロン』の企画は、長い助走期間を経てついに動き出した。だが当時のコンピューターの性能はあまりに非力であり、理想とのギャップが激しかった。
Index
- 人物キャラクターの問題
- 光学処理との融合
- トリプルアイの担当箇所
- RA&Aの担当箇所
- MAGIの担当箇所
- MAGIとディズニーのコラボレーション
- デジタル・エフェクトの担当箇所
- ロケーション撮影
- 音楽
- 公開と、その後の影響
- ジョン・ラセターの反応
- CGスタッフのその後
人物キャラクターの問題
トリプルアイのリチャード・テイラーは、『トロン』全体のCGとVFXのスーパーバイズを任せられた。彼にしてみれば、映画『スター・トレック』(79)における、雪辱を果たす絶好の機会である。だがすぐに、監督のスティーブン・リズバーガーや、ディズニー側と見解の相違にぶつかる。彼らは、サイバー空間の中は全てCGで作られると考えていたのだ。
『スター・トレック』予告
問題は、キャラクターたちの表現方法である。実際、「Adam Powers」のような秒単位のCG映像であっても、その制作には非常に長い時間を要した。当時はまだ、モーションキャプチャーや3Dスキャナーのような装置はなく、複数のカメラでパフォーマーを撮影した映像を、大きな印画紙にプリントしてポリゴンに分割し、手作業で座標を読み取っていたのである。
そこで全て俳優が実写で演技することとし、それを3DCGの背景に合成するという方法で決着した。だがリズバーガーは、ピーター・ロイドがデザインしたサイバー空間に俳優を自然と馴染ませるため、キャラクターが発光しているような表現を求めた。
光学処理との融合
俳優と3DCGの合成とは言っても、トリプルアイのデジタル・オプチカルプリンターは『トロン』には使えない事情があった。それはディズニーがこの映画を、当時は極めて珍しくなった70mm(Super Panavision 70)で制作すると決定したことである。実写やアニメパートは、65mm 5Pフィルムで撮影され、それに合わせてCGの解像度も4Kでレンダリングすることになった。デジタル・オプチカルプリンターは、これほどの高スペックでは、フィルムのスキャンやレコーディングに時間が掛かり過ぎてしまう。
また今では信じがたいだろうが、2Dのエフェクトやコンポジット処理などの技術(*1)は、3DCGに比べて開発が遅れていたのである。つまり現在なら、Adobe After Effectsなどのソフトで簡単にできることも、この時点では無理だった。
そこでテイラーは、ロバート・エイブル&アソシエイツ(以下RA&A)時代に養った光学処理のノウハウを再び発揮する。まず俳優たちに、電子回路パターンを黒い線で描いた白いボディースーツを着せ、彼らを白黒フィルムで撮影するように指示した。このフィルムは、1フレームずつ大きな印画紙にプリントされ、「身体の輪郭」「顔のみ」「眼のみ」「電子回路のみ」といったマスクを手描きのロトスコープ作業で切り分け、再度撮影される。
そして、ディズニー特撮部門のボブ・ブロートンが中心となり、オプチカルプリンターでそれぞれの明るさを調整しながらCGの背景と合成した。
『トロン』(c)Photofest / Getty Images
青白く発光する電子回路は、ロトスコープ後にリスフィルム(製版用のハイコントラストフィルム)にプリントされ、ディズニーが所有する4台のアニメーションスタンドで透過光撮影された。これによって、すべてがCGで作られているような雰囲気が表現されたが、シーンによっては最大17回もの多重露光を必要とした。(*2)
しかし、300数十ショットのロトスコープ(60万枚に達した)を担当してくれる、アニメスタジオが見つからない。当時のアメリカは、劇場アニメの本数が極端に少なかったため、国内における人材確保が困難だったのだ。当然ディズニーにも依頼したが、エプコットセンター(現エプコット)の仕事で忙しいことを口実として、協力できないという返事が返ってくる。
困り果てたテイラーはアジアを回って探し、最終的に台湾のクックーズネスト・スタジオ(現ワン・フィルム・プロダクション)の25人のアニメーターが、85%もの作業を引き受けてくれた。
*1 もちろん、まったく存在していなかったわけではない。たとえば、ニューヨーク工科大学CG研究所(以下NYIT/CGL)のアルヴィ・レイ・スミスは、PARC(ゼロックス・パロアルト研究所)時代からの研究を発展させ、2Dグラフィックスのための様々なツールを作っている。しかし解像度は512×512しかなく、あくまでもNTSCのビデオを対象とするものだった。
クリス・キャサディ担当シーン
*2 他にフライングディスクの光跡や、放電などのエフェクトアニメも、オプチカル処理で重ねられている。ちなみにこの作画を担当したのは、『スター・ウォーズ』(77)や『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』(80)のビームなども描いている、エフェクト専門アニメーターのクリス・キャサディで、この時だけディズニーに雇われている。