音楽
音楽に関しては、音響/音楽監督のマイケル・フレマーが、ウェンディ・カーロス(*6)に依頼している。カーロスは、スタンリー・キューブリック監督の『シャイニング』(80)を手掛けた際、冒頭に流れる、ベルリオーズ「幻想交響曲」第5楽章(グレゴリオ聖歌「怒りの日」の旋律を主題にした曲)のシンセサイザー版のみが使用され、本人の了解なしに約1時間分の録音済みテープが、お蔵入りされた経験を持っていた。
そのため映画音楽に対して不信感を抱いていたのだが、フレマーが彼女の熱烈なファンであることと、映画のコンセプトに興味を持って引き受ける。曲は、ロンドン交響楽団による生演奏の上に、カーロスによるデジタルシンセのトラックを重ねるという方法で録音された。最後に流れる「終焉」という曲は、カーロスの単独演奏である。
*6 彼女は、ウォルター・カーロスという旧名で、モーグ・シンセサイザーを演奏した「スウィッチト・オン・バッハ」を68年に発表し、世間にシンセサイザーという電子楽器の存在を知らしめる大ヒットを記録した。しかし性同一性障害に苦しみ、72年に女性への性転換手術を行い、名前もウェンディに改めた。
他に映画音楽では、キューブリック監督の『時計じかけのオレンジ』(71)にも参加しており、こちらはほぼ全曲採用されている。ちなみにキューブリックは『2001年宇宙の旅』(68)においても、作曲済みのアレックス・ノースによる音楽を、本人の了解を得ないままボツにしている。
公開と、その後の影響
このように『トロン』は、本格的にCGを使用した世界初の映画となり、1982年に公開された。しかし米国では、スピルバーグ監督の大ヒット作品『E.T.』(82)の直後に封切られたということもあり、興業的には惨敗だった。
だが、たとえ『E.T.』のような強力なライバルがいなかったとしても、ヒットしていた可能性は低いと思われる。まだ一般人がコンピューターを持つ時代ではなく、専門用語も世間の人々にはチンプンカンプンだった。特にストーリーの核となる、「一部のプログラムがユーザーの意思を離れて暴走していく」という部分を、果たしてどれだけの人が理解できたのだろうか。
さらに、これほど革新的な技術にチャレンジしたにも係わらず、アカデミー賞視覚効果賞にはノミネートされなかった。理由は、コンピューターを使用していることが、“不正行為”に当たると判断されたからだ。非常に馬鹿げていると感じるが、同様のことはこの後も何度か起きている。
『マトリックス』予告
しかしこの映画のアイデアは、サイバーパンク小説や、映画『バーチャル・ウォーズ』(92)、『バーチュオシティ』(95)、そして何より『マトリックス』(99)などに結実していった。さらに現在では、メタバース内で生活するアバターたちや、医学や進化生物学で用いられるALife、日々進化を続けるコンピューターウイルスなど、『トロン』的な世界は日常的風景となっている。
だがこの映画が、世界中の多くの人にCGの存在を知らせる役目を果たしたことは、何より大きく評価されるべきである。そして本作をきっかけとして、アメリカ、日本、ヨーロッパなどに、CGプロダクションが多数生まれた。