1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. カラー・オブ・ハート
  4. 『カラー・オブ・ハート』色彩テクニックが示唆するアメリカの分断(後編)
『カラー・オブ・ハート』色彩テクニックが示唆するアメリカの分断(後編)

(c)Photofest / Getty Images

『カラー・オブ・ハート』色彩テクニックが示唆するアメリカの分断(後編)

PAGES


専用VFX工房を設立



 前編で述べたように、カラーとモノクロが混在する作品は、それほど珍しくない。問題は、そのショット数が桁違いということだ。ゲイリー・ロス監督と共にプロデューサーを務めた、ジョン・キリク、ロバート・J・デガス、スティーヴン・ソダーバーグらは、この映画に必要とされるVFXが1,673ショット、113分間にも達すると見積もった。内容的に、膨大な量のロトスコープ(手描きのマスク切り)という、VFXアーティストが最も嫌う地味な作業がほとんどを占める。


 VFXスーパーバイザーに選ばれたのは、ダニー・デヴィート監督の『マチルダ』(96)や、アンドリュー・ニコル監督の『ガタカ』(97)を手掛けたクリス・ワッツである。さらに、カラー・エフェクト・デザイナーという特別な役職が設けられ、カラーライゼーション(白黒フィルムをカラー化する技術)の専門家であるマイケル・サザードを迎え入れた。


 ワッツは、まず『マチルダ』(96)や『ボディ・バンク』(96)で組んだコンピューター・フィルム・カンパニー(CFC)に協力を依頼し、8ヶ月間に渡って技術テストを繰り返した。こうして決定した基本となる手順は、まず映画全体を35mmのカラーフィルムで撮影し、ポスプロ段階でデジタル処理によってモノクロ化する。これは完全に白黒のシーンでも同様で、理由は突然演出が変更になった場合でも対応可能にするためだった。


 またショットによっては、一度モノクロ化した後で、人工的にカラーライズする方法も用いられる。実例としては頭髪がそれに当り、オリジナルの色のまま白黒の世界に合成したところ不自然に感じられてしまったため、大部分のヘアカラーは人工的に着色することになった。


 そしてワッツとサザードは、プレザントヴィルVFX(以下PVE)という専用VFX工房を編成した。ソフトウェアには、ILMのVFXスーパーバイザーであるスコット・スクワイヤーズが開発したPinnacle Systems社のCommotionや、Avid Media Illusion、Matador、Shakeといった、コンポジット、ペイント、ロトスコーピング、モーショントラッキング、カラーコレクション、ワーピング、モーフィングなどの機能を持つハイエンド2Dツールを導入し、さらにPVEのレイモンド・ユングが開発したオリジナルツールを組み合わせた。



『カラー・オブ・ハート』(c)Photofest / Getty Images


 この作品が作られた当時、すでにデジタル合成などの手法は一般化していたが、あくまでもVFXショットだけが対象だった。しかし本作では、映画の大部分をデジタル化しなければならず、これはまったく前例がないことだ。しかも当時は、デジタルシネマカメラや、DLP Cinemaプロジェクターは登場していない。そのため手法としては、撮影済フィルムをスキャンしてデジタルデータ化し、エフェクト作業後にフィルムレコーダーで35mmフィルムに記録していくしかなかった。この作業を、映画のほぼ全編に渡って行う必要があるわけで、これはその後に一般化したデジタル・インターミディエイトの先駆けだった。


 しかし問題は、これだけの量のフィルムを短期間にデジタルデータ化する方法である。当時はテレシネか、フィルムスキャナーを用いる方法の、どちらかを選択する必要があった。テレシネならリアルタイムでデジタル化可能だが、解像度はHD(1920×1080画素)が上限となり、bit深度にも制限がある。一方フィルムスキャンなら、こういった制限から解放されるが、当時は長い処理時間(平均で1フレーム当り10~30秒)を要した。それでは、与えられた1年間というポストプロダクションの期間では、間に合わなくなってしまう。


 だがワッツは、コダックとフィリップスがSpirit DataCineという、特殊なテレシネを開発中という情報を耳にする。これは後にSpirit 2K DataCineと命名された機種だが、1フレーム当り0.25秒のスピードで、35mmフィルムを2K/10bit logのCineonフォーマットのデジタルデータにするものだった。そこでワッツは、当時コダックが運営していたシネサイト・ハリウッド社に参加を働きかけ、DataCineスキャンニングとCineonレコーディングのフィルムサービス、及びロトスコープやペインティングなどのVFX作業を依頼する。


 また作業を効率化させるために、ワッツが『ウォーターワールド』(95)で組んだ、エディテル社にも参加を依頼している。同社は、連日現像所から届く全てのラッシュプリントを、通常のテレシネに掛けてSD解像度のビデオに変換し、Quantel社のハイエンド2DシステムであるHenryを用いてテスト処理をした。この結果をリファレンスとして、PVEのスタッフが、本番のロトスコープやカラーライゼーション、コンポジット作業などを行う。


 PVEの作業が終了後、最終段階を受け持つCFCにデータが送られる。そして、マットの境界線の修正や、フィルムのゴミ・キズの消去などを行い、作品全体としての色彩やコントラストのバランスを調整して、35mmフィルムにレコーディングを行う。CFCは、そのあまりの量に圧倒されたそうだ。




PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. カラー・オブ・ハート
  4. 『カラー・オブ・ハート』色彩テクニックが示唆するアメリカの分断(後編)