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『カラー・オブ・ハート』色彩テクニックが示唆するアメリカの分断(後編)

(c)Photofest / Getty Images

『カラー・オブ・ハート』色彩テクニックが示唆するアメリカの分断(後編)

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保守とリベラルの衝突



 「プレザントヴィル」では50年代のシットコムの特徴として、白人以外の人種は一切登場しない。しかし映画の中ごろのシーンで、金物屋の店先に「NO COLOREDS」という看板が出ている。劇中では、文字通り“色付きの人”の入店を拒絶する意味だが、元々は「黒人お断り」を示す言葉だ。また、図書の内容が出現するきっかけになった本も、マーク・トウェインの「ハックルベリー・フィンの冒険」で、主人公が黒人奴隷の逃亡を助ける話である。また裁判のシーンは、『アラバマ物語』(62)を参考にしていると思われ、こういった要素は本作のテーマの1つに人種差別問題があることを示している。


 さらに、劇中のプレザントヴィル新条例に「学校では歴史は不変で継続し続けるものと教える」という項目があるのは、80~90年代のアメリカ南部で巻き起こっていた“反進化論運動”の比喩だろう。映画公開当時、「公立学校では、“神が天地万物の全てを創造した”とする創造論を、進化論と均等な授業時間で教えなければならない」という法律を巡って、裁判が繰り返されていた。2019年の調査においても、進化論を受け入れている米国の成人は人口の約半数に留まり、5人に1人は完全に拒否している。およそ先進国とは思えない数字だが、これがアメリカの現実だ。


 また、ビルのソーダショップが襲撃を受けるシーンは、キリスト教原理主義者たちによる、人工妊娠中絶を行うクリニックや医師への攻撃を連想させる。加えて劇中の裁判で、バッドが力説する「多様な人々を認め合うことの重要性」は、LGBT運動にも関連していると考えられる。さらに、映画冒頭の現代(98年)のシーンで、高校の科学教師に「地球温暖化で自然災害が増加する可能性」について述べさせている。これもアメリカの保守派が極端に嫌う学説だ。


 またゲイリー・ロスは、南北戦争時代に白人と黒人が平等に生きる自由州を設立した男の実話を描く、『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男』(16)も監督した。このことからも分かるように、彼は筋金入りのリベラルだと考えられる。つまり脚本も兼ねているロスは、自らの理想をバッドの視点で語らせたのだ。だが、人々の思想や差別意識が、そう簡単に変わるはずもなく、ラストの裁判所における展開はあまりも楽観的といえる。保守的な住人や町長まで突然カラーになる場面は、十分に説得力があるとは言い難い。


 また全てが自由になった社会が、けっして幸せとは限らない。劇中でマーガレットに外の世界について尋ねられたバッドは、「うるさくて、おっかない所で、遥かに危険だ」とマイナス面しか説明できないのだ。具体的に銃社会やドラッグ、貧富の格差などの問題を語ることはないが、観客はそれらを容易に想像できる。


 ひょっとすると、「プレザントヴィル」のような50年代的社会のままの方が、(白人の)人々は幸福でいられたかもしれない。そのことを劇中で主張しているのが謎の電気屋だ。バッドによって解放されたプレザントヴィルの住民は、いきなり共産主義から自由主義になった国の人々のように、何をしても良いことに戸惑ったまま映画は終わってしまう。


 一方デイビッドに戻ったバッドも、逃げ続けていた家庭内の問題に直面せざるを得ない。だが「精神的に強くなった彼なら、きっと大丈夫だろう」と思わせてくれるのが救いだ。謎を残すのが、「プレザントヴィル」に残ることを決意したメアリー・スーだが、その解釈は様々だ。もしかすると彼女は存在しておらず、最初からデイビッドの妄想だったのかもしれない。


 映画公開当時は民主党のクリントン政権だったが、それでも保守とリベラルの間には深い溝が生まれていた。現在のアメリカ社会の分断は、過激なトランプ政権を経て、さらに極端になってきたと言えよう。だからこそ、いま改めてこの映画の重要性が浮かび上がるはずだ。ぜひ多くの方に見て欲しい作品である。


【参考文献】

Cinefex #76, 8 Jan 1999



文:大口孝之(おおぐち たかゆき)

1982年に日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター。EXPO'90富士通パビリオンのIMAXドーム3D映像『ユニバース2~太陽の響~』のヘッドデザイナーなどを経てフリーの映像クリエーター。NHKスペシャル『生命・40億年はるかな旅』(94)でエミー賞受賞。VFX、CG、3D映画、アートアニメ、展示映像などを専門とする映像ジャーナリストでもあり、映画雑誌、劇場パンフ、WEBなどに多数寄稿。デジタルハリウッド大学客員教授の他、早稲田大理工学部、女子美術大学専攻科、東京藝大大学院アニメーション専攻、日本電子専門学校などで非常勤講師。



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