ならず者たちによる王国
「ハリウッドは何もないところから街と新しい産業を築き上げた、不良たちの大集団でした。このような狂気じみた行動は、これまで正確に映画に描かれたことがないと感じていたので、彼らの人生やライフスタイルを、汚れのない、しかし全く浄化されていない形で表現したかったのです」(デイミアン・チャゼル)*1
狂乱のパーティー会場の舞台となったエースシアターは、チャールズ・チャップリンやメアリー・ピックフォードを中心に結成されたユナイテッド・アーティスツが、自分たちの映画を自主上映するために建てた劇場だ。スパニッシュ・ゴシック様式の黄金の宮殿。すべての退廃の中心であるかのようなこの宮殿で、サイレント時代の喜劇スター、ロスコー・アーバックルの事件にインスピレーションを受けたシーンが展開される。ケネス・アンガーによる著書「ハリウッド・バビロン」でも述懐されたハリウッドの闇。ヴァージニア・フラッペがロスコー・アーバックルとの性行為によって膀胱破裂による腹膜炎で死亡したという事件だ。無罪判決を受けたものの、この事件でロスコー・アーバックルはハリウッドから完全に追放され、彼のフィルムは焼却されてしまう(この事件は冤罪とされている)。『バビロン』はここから物語を始める。この事件は、カトリック信徒によって書かれたヘイズ・コードがハリウッド映画を表現規制する大きなきっかけとなったからだ。
『バビロン』(C) 2023 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
デイミアン・チャゼルは、プレコード期の砂漠の真ん中にあったハリウッドの無秩序を「故郷」として描いていく。サイレント時代のハリウッドには、本作におけるレディ・フェイ・ジュー(リー・ジュン・リー)のモデルになっている中国系の俳優アンナ・メイ・ウォンをはじめ、早川雪舟など、アジア系を含む様々な人種が集まっていた。そして”イット・ガール”として一世を風靡したクララ・ボウを精神的なモデルとするネリー・ラロイ(マーゴット・ロビー)は、エスタブリッシュメントとは無縁な貧しい家庭出身のスターだ。現代の私たちは「ハリウッドの故郷」に多くの移民が寄り集まっていたことを忘れている。野生の少女ネリーが生きられる世界はここにしかない。デイミアン・チャゼルはハリウッド映画にコード規制が入る以前の、いわば「ならず者たち」による王国の建国、彼らの自由と失墜に強い思いを馳せている。