情熱のイット・ガール
「キャラクターを作るときはいつも彼らの子供時代を把握しなければなりません。それを理解すれば、彼らが後に何をやっても正当化できるのです」(マーゴット・ロビー)*2
マーゴット・ロビーは同じくデイミアン・チャゼルの『ラ・ラ・ランド』(16)のエマ・ストーンがそうであったように、情熱的な振る舞いで人生の苦い思いを表現している。野生的な荒々しさを見せた次の瞬間に脆く崩れ落ちていくマーゴット・ロビーの演技は、賞賛してもしきれない。本作のネリー・ラロイ役にはハーレイ・クインの大胆さと無秩序が滲んでいる。そしてどん底から這い上がる姿には『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(17)のトーニャ・ハーディングのイメージが重なっている。その意味でネリー・ラロイは、これまでのマーゴット・ロビーが演じてきた役柄をマッシュアップしたようなキャラクターだ。
ヘアメイク担当のジェイミー・リー・マッキントッシュによると、ネリー・ラロイのヘアスタイルはサイレント映画の時代に舞い降りたジャニス・ジョプリンやコートニー・ラブをイメージしたものだという。そしてエースシアターでの情熱的なダンスシーンは、ビヨンセのダンスのように原始的で憑依的だ。無秩序を生き急ぐネリー・ラロイ=マーゴット・ロビーは、時代を超越するイメージを射抜くことに成功している。
『バビロン』(C) 2023 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
架空の俳優ネリー・ラロイには、サイレント映画の様々な俳優のイメージが組み合わされている。マーゴット・ロビーはその中でもクララ・ボウの演技を熱心に研究したという。非常に貧しい家に生まれたクララ・ボウは、既に二人の子供を亡くしていた両親に出生証明書を発行してもらえなかった。父親から虐待を受け、精神病の母親からも暴行を受けていたクララ・ボウ。学校での成績は良かったものの、クラスメイトから吃音を馬鹿にされ、自らの拳を使って生き抜く少女時代を送っていたという。彼女がまだ九歳のとき、同じ長屋に住んでいた親友の少年が焼死してしまう。クララ・ボウの腕の中で息絶えた親友。後年、カメラの前で自在に涙を流す技術に驚かれたクララ・ボウは、その秘訣を聞かれ「幼い頃のことを思い出すだけでいいのです」と答えている。クララ・ボウの言葉は、『バビロン』のネリー・ラロイによる「故郷のことを思い出すだけいい」という台詞と感情的な韻を踏んでいる。
クララ・ボウにとっては映画だけが逃げ道だった。メアリー・ピックフォードの真似をするほど銀幕のスターに憧れていたクララ・ボウ。『バビロン』でジャック・コンラッド(ブラッド・ピット)が切々と語るように、映画は大衆のためのアートであり、教育を受けられなかった者の味方でもあった。本作はエスタブリッシュメントへのカウンター、反権力としての映画の役割にも「ハリウッドの故郷」を見ている。