これが最後の涙だ!
ライアン・ゴズリングが『ラ・ラ・ランド』の撮影の際に『雨に唄えば』(52)を毎日見ていたと語っていたように、デイミアン・チャゼルにとって『雨に唄えば』は依然として創作の源泉であり続けている。『バビロン』のテーマは驚くほど『雨に唄えば』と同じだ。糞尿まみれのハリウッドのカオスと、テクニカラーに煌めくハリウッド。対照的な二つの作品ではあるが、どちらもサイレントからトーキーへの時代の変遷を描いている。1952年の時点における映画の歴史の回顧。『バビロン』は『雨に唄えば』のいくつかのシーンを書き換えているだけでなく、このテーマ曲が初めて使われた『ハリウッド・レヴィユー』(29)の再現シーンにまで辿っていく。
『ハリウッド・レヴィユー』はMGMスターたちが総出演、各人の出し物を披露していく作品で、当時のスターたちの芸能技術の高さに驚かされるばかりの作品だ。バスター・キートンやローレル&ハーディといった喜劇役者の技術の高さは当然として、ジョーン・クロフォードやマリオン・デイヴィスの身体能力の高さに唖然としてしまう。同時に現在のハリウッドでも芸能的な技術の高いエマ・ストーンやマーゴット・ロビーが、このハリウッドの偉大な歴史の中にいるという「位置づけ」を考える上でも重要な作品と言える。
『バビロン』(C) 2023 Paramount Pictures. All Rights Reserved.
そしてこの特別な二人がデイミアン・チャゼルの映画の主演を務めたことは、より自然で適確なキャスティングだったことがよく分かる。『ハリウッド・レヴィユー』は、勢ぞろいしたスターたちが「雨に唄えば」を歌うシーンで終わる。デイミアン・チャゼルはこのラストシーンを終わりの始まりとして再現する。ジャン=リュック・ゴダールの唱えた「FIN DE CINEMA」。映画の終わり。映画の死。ようこそスクリーンの天使たちが歌い踊るハリウッドへ!ラストダンスを終えた天使たちは失墜していく。
天使たちの開けたドアの向こうには「オズの魔法使い」のごとく、エメラルドの都に続く黄色いレンガの道が続いているだろう。偽物と紙一重だからこそ美しい金色の世界。『バビロン』には「これが最後の涙だ!」と言わんばかりの、天使たちによるラストダンスが刻まれている。恍惚と屈辱、成功と失墜、憧憬と軽蔑、それらが渾然一体となってぐるんぐるんなラストダンスとしてスクリーンの上に踊り続ける。あらゆる悲しみを振り切るようなラストダンス。その果てに何があろうと、この瞬間こそが私たちの「故郷」なのだ。この映画を愛さずにはいられない。
*1 Time [The Real History Behind Babylon’s Outrageous Hollywood Tale]
*2 Vaniry Fair [Margot Robbie Is Nobody’s Barbie: The Babylon Star on Navigating Hollywood]
映画批評。「レオス・カラックス 映画を彷徨うひと」、ユリイカ「ウェス・アンダーソン特集」、リアルサウンド、装苑、otocoto、松本俊夫特集パンフレット等に論評を寄稿。
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配給:東和ピクチャーズ
(C) 2023 Paramount Pictures. All Rights Reserved.