1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. 生きる Living
  4. 『生きる Living』17年ぶりに脚本を手掛けたカズオ・イシグロの思いとは
『生きる Living』17年ぶりに脚本を手掛けたカズオ・イシグロの思いとは

(C)Number 9 Films Living Limited

『生きる Living』17年ぶりに脚本を手掛けたカズオ・イシグロの思いとは

PAGES


取り入れられた英国的な紳士の魅力



 今回のリメイク版を作るにあたって、イシグロはウェブの“Total Film”(22年11月3日号)でこんな発言をしている。イシグロが『生きる』を見たのは11歳か12歳の頃だったという。


 「私は『生きる』と共に育った。子供の頃、英国で見られる日本映画は限られていて、BBCか、アート系の劇場で出会うことしかできなかった。この映画は私の成長期に大きな影響を及ぼし、その影響は私自身の行動や人生観にも及んだ」


 そして、60代の現在になって自身の原点ともいえるこの映画の読み直しを考え始めた。以前から知り合いだった英国の男優、ビル・ナイを想定した内容だ。そして、作家でもあるニール・ジョーダン監督の『クライング・ゲーム』(92)などを作ったベテラン製作者、スティーヴン・ウーリーに勧められて、脚本を書き上げた。


 舞台は1953年のロンドンで、主人公は役所に勤めるベテランの職員、ウィリアムズ。妻に先立たれた後は、ひとりで息子を育ててきた。しかし、ある日、癌による余命宣告を受け、自分の生きる意味について考え直す。


 イシグロ自身は、この物語は現代性も秘めていると考えているようだ。「(現代人も)必死に働き、社会に貢献もしているはずだが、それがどんな貢献なのか、なかなか自分ではつかむことはできないでいる。50年前の日本の役人を描いているが、それは現代のメタファーとも受け取れる」前述のインタビューでイシグロはそう語る。



『生きる LIVING』(C)Number 9 Films Living Limited


 また、黒澤のオリジナル版と今回の英国版との大きな違いについてはこうも語っている。「黒澤版になかったもので、今回、意識したのは“英国の紳士性”だ。紳士の要素は誰の中にでも潜んでいる。たとえ、その人物が英国人でなかったとしても、紳士性があると思う」


 礼節を重んじて、品のいいふるまいをする。そんな“英国の紳士性”を代弁する人物としてウィリアムズを登場させる。『生きる』の志村喬は紳士的な人物とは程遠く、なりふりかまわず疾走するが、『生きる』のビル・ナイは最後まで節度を保ちながらも、生きる目的を見つけようとする。がむしゃらで、泥くさかった人物像から、より内省的で、知的な人物像に変えられている点がオリジナルとの違いだ。


 また、役所の若い後輩に手紙を残し、自身の意思を伝える点も黒澤版とは異なる。「遊び場は後世に残るものじゃないが、単調な日々に飽きたら、あの遊び場を思い出そう。小さな満足や達成感を大事にしよう」


 そんな彼の生前の言葉が伝えられることで、先輩から後輩への意思の伝承も描かれる。主人公の冷静な人生観も盛り込まれることで、オリジナル版とは異なる味わいになっている。





PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. 映画
  3. 生きる Living
  4. 『生きる Living』17年ぶりに脚本を手掛けたカズオ・イシグロの思いとは