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『生きる Living』17年ぶりに脚本を手掛けたカズオ・イシグロの思いとは

(C)Number 9 Films Living Limited

『生きる Living』17年ぶりに脚本を手掛けたカズオ・イシグロの思いとは

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コメディからシリアスまで、ビル・ナイが演じた人物像



 英国の男優ビル・ナイは、これまで脇役を演じることが多かった。日本で最初に大きなインパクトを残したのは『スティル・クレイジー』(98)の自己中心的な中年ロッカー役だったが、一般的な知名度が広がったのは『ラブ・アクチュアリー』(03)の落ち目のミュージシャン役だろう。再起を狙う中年の役で、彼のユーモアのセンスが光っていた。オフビートなコメディは彼の得意技で、『ラブ・アクチュアリー』のコメディ監督、リチャード・カーティスとは『パイレーツ・ロック』(09)、『アバウト・タイム』(13)でも組んでいる。後者では死期の迫った父親役で、自分の死を悟りながら、息子に最後の言葉を残す場面が胸にしみたが、いま、振り返ると『生きる Living』に通じる部分もあった。


 コメディだけではなく、シリアスな演技もうまく、『あるスキャンダルの覚え書き』(06)では、教師の妻が教え子の青年と浮気をしているが、そんな状況を静かに静観している夫役を演じて、それまでのコメディ路線とは異なる顔を見せた。また、シニア世代の新しい旅立ちを描いた『マリー・ゴールドホテルで会いましょう』シリーズ(11~15)では結婚生活に行きづまっている夫役で、彼の温かい人間味が生きていた。『マイ・ブックショップ』(17)では、家に引きこもり、本を読むことだけを喜びとしている静かな紳士役。今回の新作に通じる控えめな人物像だ。



『生きる LIVING』(C)Number 9 Films Living Limited


 他にも『パレードへようこそ』(14)の隠れゲイの役や、『ニューヨーク 親切なロシア料理店』(19)の穏やかなレストランのオーナー役など、これまで数多くの作品できらりと光る演技を見せていたが、主役ではなく脇役の映画が多かった。


 友人だったビルについてイシグロは前述の“Total Film”でこう語っている。「ビル・ナイなしではこの映画は作れなかった。この映画は『生きる』の英国版というより、あくまでもビル・ナイ版の『生きる』だ。そして、彼は本当にグレイトな俳優だが、これまで、作品の真ん中に立つ俳優ではなかった」


 そんなビルがイシグロの引き立てで、真ん中に立ち、渋い演技でキャリア最高の役を演じて、70代にしてアカデミー賞の初ノミネートとなった。『スティル・クレイジー』の頃の、はじけたロッカー役とは180度異なる静かで品のいい演技。演技者として静かに年を重ねた彼の深い味わいがあってこそ、この映画も成立している。


 シリアスな演技を見せているが、そこはかとないユーモアも漂う。英国の紳士には品だけではなく、ユーモアも欠かせない要素。第2章で書いたようにイシグロは“英国の紳士性”を意識してシナリオを描き、友人のビル・ナイは見事に彼にとって理想の紳士像を演じて見せた。感情をストレートに出さない温厚な紳士だからこそ、うちに秘めた悲しみも深い。ナイはそんな奥行きのある人物像を美しく演じてみせる。





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