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『ザ・フォッグ』映画のなかの「霧」はどのように描かれてきたのか?

(c)Photofest / Getty Images

『ザ・フォッグ』映画のなかの「霧」はどのように描かれてきたのか?

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後続作品に与えた影響



 『ザ・フォッグ』が後続作品に与えた影響も大きい。黒沢清監督は、篠崎誠監督との対談集「恐怖の映画史 Kindle版」(boid)のなかで、『奴らは今夜もやってきた』(89)での主人公を襲う編笠姿の男たちについて、当時『ザ・フォッグ』を強く意識していたわけではないと断りつつ、霧のなか影のように不気味な者たちが佇んでいるという画についてはやはりなんらかの影響があったのだろうと語っている(本書では、カーペンターの「亡霊」の造形に対する興味深い考察も行われている)。また、青山真治監督の『レイクサイド マーダーケース』(04)を見ると、湖のほとりに建つ別荘の外に終始霧が立ち込めているように見える。この映画では、まるでカーペンターの『光る眼』(95)のような子供たちの登場シーンがあるが、『ザ・フォッグ』へのオマージュもいくらか込められているのかもしれない。


 監督自ら『ザ・フォッグ』からの影響を公言しているのは、『アトランティックス』(19)のマティ・ディオップ監督。セネガルのダカールを舞台にした本作では、外国での仕事を求めて海に出た若い男たちの亡霊が、女性たちの体を借りて夜な夜な蘇る。女たちの体を媒介して語られる、男たちの怒りと悲しみの物語。ここには霧そのものは登場しないが、暗闇のなかを闊歩する美しく逞しい女たちの姿を見れば、すぐに『ザ・フォッグ』からの引用だと気づくはず。マティ・ディオップ監督は、カーペンター映画のサントラを聴きながら本作の脚本を執筆したほど、彼の映画の大ファンだという。特に『ザ・フォッグ』には、ビジュアル面だけでなく、社会のなかで傷つけられた声なき者たちを雄弁に語る、その政治的な態度にも大きな影響を受けたと語っている。



『ザ・フォッグ』 (c)Photofest / Getty Images


 他にも、突然現れた雲が殺戮事件を引き起こすジョーダン・ピール監督の『NOPE/ノープ』(22)や、毒性の雲によって人々が家に閉じ込められる不条理劇を描いたイウリ・ジェルバーゼ監督『ピンク・クラウド』(20)など、霧あるいは雲がもたらす恐怖を扱った映画はいまも続々とつくられている。恐怖描写以外の霧の使われ方を挙げていけば、それこそタルコフスキーやアンゲロプロスなどが次々に登場し、キリがない。


 実はカーペンター自身は、『ザ・フォッグ』の最初のバージョンを見たとき、これではまったくホラー映画になっていないと気づき、大幅に映画を作り直したという。その理由がまた興味深い。「この映画の中心にあるのは霧だが、霧ってやつには、怖いところも、神秘的なところも、つかみどころがないところも、なんにもない」。船で乗組員たちが亡霊に襲われるシーンも、当初は彼らが霧に覆われるだけで完結していたが、ラッシュを見た監督がこれではまったく恐怖映画にならないと判断し、凶器を持った亡霊たちに惨殺されるシーンを新たに付け足すなどして、より残虐なシーンに仕上げていったという。まったく神秘も恐怖も感じさせない霧を、どのように恐ろしいものに仕立て上げるか。時代を超えて多くの映画に影響を与える『ザ・フォッグ』が、霧には「なんにもない」という監督の絶望によって完成されたというのは、なんとも皮肉でおもしろい。


参考文献

ジル・ブーランジェ編『恐怖の詩学 ジョン・カーペンター』井上正昭訳、2004年、フィルムアート社



文:月永理絵

映画ライター、編集者。雑誌『映画横丁』編集人。『朝日新聞』『メトロポリターナ』『週刊文春』『i-D JAPAN』等で映画評やコラム、取材記事を執筆。〈映画酒場編集室〉名義で書籍、映画パンフレットの編集も手がける。WEB番組「活弁シネマ倶楽部」でMCを担当中。 eigasakaba.net 



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