2023.07.06
大人になれば
ジョン・カサヴェテスが演じるロバート・ハーマンは、世の中の価値観にとらわれない幸せを見つけようとしている。若い女性たちを居候させるロバートは、疑似家族のようなコミューンを形成している。女性について研究する作家であり、本作に登場するすべての女性に愛されるロバート。生まれながらの“人たらし”といえるロバートは、いつも人に囲まれているが、誰よりも孤独であることは明らかだ。ロバートは心の安住を望まない。幸せが見つかりそうになると、いつもそこから逃げ出してしまう。ロバートには潜在的な破壊願望がある。幸せになってしまうことへの恐怖がある。手に入れたかと思えば、すぐにそれを破壊してしまう。
ロバートの自傷性は、ナイトクラブで歌うスーザン(ダイアン・アボット)とのエピソードによく表わされている。スーザンの車に強引に乗り込み、家まで送っていくロバートは完全に狂っている。お別れをしようとするスーザンに向けて子供のように駄々をこね、小競り合いを起こすロバート。スーザンが自宅玄関に入ろうとすると、ロバートは階段から転倒して血まみれになってしまう。スーザンは完全に呆れた様子だが、ロバートを介抱するため家に入れる。
『ラヴ・ストリームス』(c) MCMLXXXIV Cannon Films, Inc.
ロバートのルックはタキシードを着た紳士だが、内面は完全に子供のようだ。しかし本作のすべての女性がことごとくロバートの幼児性に惹かれている。スーザンは警察に通報するどころか、むしろロバートに親密な視線を注いでいる。同居する彼女の母親さえロバートの魅力に喜んで屈している。
傑作短編のようなこのエピソードでは、ロバートがこれまでどのように生きてきたか的確に描出されている。スーザンを演じるダイアン・アボットがキャスティングされたのは、マーティン・スコセッシ監督の『ニューヨーク・ニューヨーク』(77)で歌う彼女に、カサヴェテスが感銘を受けたことが理由だという。