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『こわれゆく女』人物の内面に入り込むカサヴェテス映画の強さ

(c)1974 Faces International Films,Inc.

『こわれゆく女』人物の内面に入り込むカサヴェテス映画の強さ

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新時代の女性映画だった『こわれゆく女』



 もし、『こわれゆく女』が70年代に日本で上映されていたら、現在とは微妙に違う評価を受けたのではないかと思う。日本ではヨーロッパ系シネアストたちが評価することで、90年代以降に本格的な評価を獲得した作品だが、アメリカ映画の流れで見直してみると、この映画が1974年に作られたことには大きな社会的な意義がある。


 アメリカではその年のオスカーの流れを1冊にまとめた“Academy Awards: Oscar Annual”というシリーズが刊行されているが、その75年版(筆者はロバート・オズボーン)を見ると、この映画の時代的な意義が分かる。ジーナ・ローランズは、この年のオスカーで主演女優賞の候補になっているが、彼女のページにはこんなローランズの発言が掲載されている――「今の女性たちが感じているはずの恐怖心や息苦しさや外に出せない感情をジョンは見事にとらえているけれど、彼に限らず、男性がここまで女性の内面を描写できるのは本当にすごいと思う」


 74年という製作年に注目してみると、確かにその“こわれた感情”の描写は、当時の女性映画としては新しかったと思う。


 ローランズはこの時、ノミネートにとどまったが、この時、見事にオスカー像を手にしたのは『アリスの恋』(74)のエレン・バーンスタインの方だ。『アリスの恋』も、『こわれゆく女』も、主人公は専業主婦。前者では夫を失ったアリスが第二の人生を模索する様子が描かれ、一方、『こわれゆく女』は夫や子供を愛しているメイベルが精神のバランスを崩し、夫や両親との葛藤に悩み、本当の自分を手さぐりにつかもうとする姿を目撃できる。周囲に理解されない孤独をかかえ、行き場のない思いを感じている主婦たちの姿は、60年代後半以降のフェミニズム運動を経て、初めて映画でも描くことが可能になったのだと思う。


 人生に戸惑う主婦の姿は、フランシス・フォード・コッポラ監督の『雨のなかの女』(69)や2022年にやっと日本で初公開された『WANDA/ワンダ』(70)などでも描かれていたが、『アリスの恋』も『こわれゆく女』も、そんな新しい女性映画の流れを継いでいた。



『こわれゆく女』(c)1974 Faces International Films,Inc.


 若かったローランズは舞台の仕事でも女優として評価されていたが、カサヴェテスと結婚後は家庭のことを優先したいと考え、自分のペースでやれるよう、夫の監督作への出演を優先してきた。そして、女性を主人公にしたドラマを書いてほしいと思っていた妻の願いをかなえた作品が、メイベルを主人公にした舞台劇で、それを映画用の脚本にすることで、『こわれゆく女』が完成したという(神経症的な主人公を舞台で毎日演じるのはしんどい、という理由で映画になったという)。


 主人公のメイベルは普通の家庭生活を送る主婦で、ふたりの子供や夫を深く愛しているが、時に自分自身の激しすぎる気持ちをコントロールできないでいる。


 そんな彼女の生々しい感情の起伏をリアルにとらえる演出が斬新だ。カサヴェテスによれば、当時、女性の内面の問題に興味を持つハリウッドのスタジオはなかったので、個人的に資金を集めて自主映画として作り上げたが、結果的には大きな反響を呼び、オスカーでも監督賞・主演女優賞の候補となった。「私は一匹狼的な監督で、多くのスタジオが“お前なんか、くたばれ!”と言った時でも、前に進む方をとる」。前述のオスカー本の中でカサヴェテスはそう答えている。


 ちょっとうがった見方をすると、周囲の理解を得られず時には暴走してしまうメイベルの姿には、実はハリウッドで一匹狼として奮闘していた監督、カサヴェテスも重なって見える。


 そんな彼とパートナーであるローランズの大胆な女性像が評価され、ふたりの代表作の1本となった。


 もし、70年代に日本に輸入されていたら、その強烈な主婦像が今ほど受け入れられただろうか? 一部の人だけが評価し、その後、名画座で公開されて埋もれる。そんな経緯をたどったかもしれない。自身の感情を抑えきれず、夫や家族になかなか理解されず、感情の行き場がない。そんなメイベル像は、それまで既成のハリウッド映画が正面から描くことができなかった新しい主婦像だった。


 ローランズの強烈な演技は大きなインパクトを残すが、彼女が演じる不安定な妻の姿に戸惑いつつも、深い愛情を注ぐ夫を演じたピーター・フォークの好演も、また、この映画の忘れがたい魅力になっている。工事現場で働き、仲間たちとの絆も大事にしている人物で、彼の存在によって、映画に温かいユーモアがもたらされる(メイベルが彼の仲間のために大量のスパゲッティを作る場面など思わず笑ってしまう)。また、ローランズの実の母がメイベルの母を、カサヴェテスの実の母がフォークの母を演じている。近親者が家族として出演することで家族の葛藤というテーマに生々しいリアリズムがもたらされている。


 家族や夫婦との関係をテーマとして好んできたカサヴェテスの、演出家としての手腕が光る映画にもなっている。




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