サム・ショウが語ったカサヴェテスの製作姿勢
サム・ショウは、マリリン・モンローのような女優やニューヨークのジャズ・ミュージシャンの写真を多く手がけた著名な写真家だが、実は『こわれゆく女』、『オープニング・ナイト』、『グロリア』(80)で製作、『ハズバンズ』(70)では協力製作者もつとめている。
そんな彼に筆者が会ったのは1993年。東京の3つのセゾン系ミニシアターでは<カサヴェテス・コレクション>という回顧展が行われて、『フェイシズ』、『こわれゆく女』、『チャイニーズ・ブッキーを殺した男』などが初公開となった。それに合わせて彼の写真展も渋谷のギャラリーで行われ、そのために来日。実は雑誌の記事のために、来日前から彼とはファックスなどですでにやり取りをしていたが、対面のインタビューではカサヴェテス本人についてこんな話をしてくれた。彼がカサヴェテスの会ったのは、1952年だったという。
「私はその頃、アクターズ・スタジオに出入りしていて、そこでテネシー・ウィリアムズやエリア・カザンらは<アクターズ・フリーダム/フロイト的心理ドラマ>と題されたプロジェクトをやろうとしていた。演技の自由を知的に追及しようとしたのだ。ある日、ジョージ・ラフト演出の舞台でコート・シアターに行った。そこにはコミカルに動いたり、逆立ちをしながらコミカルに喋りまくる若い俳優、ジョン・カサヴェテスがいた。これこそが、<アクターズ・フリーダム!>と思ったものだ」。
思えば、この<アクターズ・フリーダム>こそが、カサヴェテスが自作で追及してきたことではないだろうか?
ショウとカサヴェテスは意気投合して、当時のジャズ・クラブに通ったという。「50年代にはビバップという新しいスタイルが注目されていて、マイルス・デイヴィスやディジー・ガレスピー等がクラブで演奏していた」とショウは語っていたが、ふたりは当時のニューヨークの音楽にインスピレーションを得たようだ。
カサヴェテスのデビュー作『アメリカの影』はすべて即興で撮られているが、思えばジャズで重要なのは即興演奏だ。俳優たちの自由を追求するカサヴェテスの演出スタイルは、こうした当時のジャズの影響も受けているのではないだろうか? 一方、ショウの写真展に展示されていたカサヴェテスをとらえた写真も、流れるようなタッチのものが目立ち、即興的な動きを好むカサヴェテス映画との共通点を見出すことができた。
ショウとカサヴェテスの若い頃のエピソードを聞くと、何かカサヴェテス映画の原点のようなものが見えてくる。映像の造形美ではなく、ジャズの即興演奏のように演技者たちの自由を! その結果、カサヴェテス映画の型にはまらない生々しい感情表現が生まれていったのだろう。
カサヴェテスはそんな自由を追求するため、前述のようにハリウッド・スタジオの拘束を嫌い、あえてハリウッドの(ギャラは良さそうな?)娯楽映画に俳優として出演することで製作資金を調達した。目的のために手段を選ばないことで、スタジオに媚びることなく、インディペンデントの姿勢を貫いた。
生前のカサヴェテスはこんな言葉も残している――「私は自分の作品をエンタテインメントと呼びたくはない。映画は探求であり、そこには常に人間に対する問いかけが含まれている。人はどんな感情を抱いているのか? どれだけ知っているのか? 本当のことが分かっているのか? その問題を扱えるのか? いい映画はどう答えればいいのか分からない未知の問いを投げかけてくる。映画は我々の人生を探り出すためにある」(“Visions”92年夏の号より)
どこまでもパーソナルな姿勢を貫き、インディペンデントな立場で映画を作り続けた彼を、ショウは製作者として見守り続けた。ショウはこの来日から6年後に他界したが、とても寛大な人で、個人的に彼にすごく感謝していることがある。筆者のインタビューを気に入ってくれたようで、「アメリカの雑誌に記事を書く気はないか?」と聞かれた。「イエス!」と答えたら、ニューヨークのインディペンデント系の雑誌から、その後、原稿依頼があり、筆者にとっては最初の英語の記事を発表することができた。
東洋で(たまたま)出会ったライターにチャレンジのチャンスを与える。そんな開かれた心も、カサヴェテスと共有したインディペンデント精神だったのではないだろうか? カサヴェテス映画の自由なスピリットは彼の製作姿勢を理解する製作者によっても実現していた。
取材・文:大森さわこ
映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。
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配給:ザジフィルムズ
(c)1974 Faces International Films,Inc.