見たことのない “リアルさ”の追求
たとえば、アーサーが夢の中で「ペンローズの階段」を作り、アリアドネに説明するシーン。ペンローズの階段とは、回廊のように四角くつながって永遠に昇る(あるいは降りる)ことができるように見える階段のことだが、二次元でのみ表現できる騙し絵で、三次元の世界では作れない不可能図形だ。このシーンのために、一つの角が途切れている階段のセットを作り、カメラのアングルを正確にコントロールすることで、つながっているように観客に錯覚させている。
『インセプション』ペンローズの階段
あるいは、第1層の夢でロサンゼルス市街でのカーチェイスの最中、突然路上に貨物列車が暴走してきて車をはじき飛ばしていくシーン。この撮影では、トレーラーの車台に列車のエンジンを取り付け、外側には本物の列車から型を取ってファイバーグラスで成型したものをかぶせて、実際に路上を走らせている。
以上の例で示したように、現実には起こり得ないこと、存在しないものを映像化するために、ノーランと製作陣はセット、大道具、小道具、カメラワークにさまざまな工夫を凝らして実際に撮影した。もちろん、CGをまったく使っていないわけではないが、あくまで実写フッテージを補助する視覚効果に留めている。こうしたノーランのこだわりによって、過去の映画では見たことのないユニークで斬新なスペクタクルでありながら、まさに眼前で“実際に起きている”と感じられるリアリティーを達成することができたのだ。
フリーランスのライター、英日翻訳者。主にウェブ媒体で映画評やコラムの寄稿、ニュース記事の翻訳を行う。訳書に『「スター・ウォーズ」を科学する―徹底検証! フォースの正体から銀河間旅行まで』(マーク・ブレイク&ジョン・チェイス著、化学同人刊)ほか。
『インセプション』
ブルーレイ ¥2,381+税/DVD ¥1,429 +税
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