セイバーメトリクスを野球に持ち込む
他の球団と同じやり方をしていても、メジャーリーグで勝っていくことは難しい。根本的な打開策を模索するビリーは、交渉先のインディアンズで働いている一風変わった男ピーター(ジョナ・ヒル)に興味を持つ。彼はいちスタッフに過ぎなかったが、統計学を野球に持ち込むという、ビル・ジェームズなる人物が提唱する「セイバーメトリクス」を基に、球界の選手や試合のデータを個人的に収集し分析していた。
ビリーはピーターをスカウトし、セイバーメトリクスを利用して、選手の価値を評価し直していく。見た目や年齢、プレースタイルなどの要素を除外し、“出塁率”や“防御率”など、実効的な数字だけで判断するという方式を採用していく。そして球界が低く評価している選手たちを集めて、“お値打ち”なトレードを持ちかけていく。思いついたら即行動のビリー。彼の電話での豪快な交渉は、本作の大きな見どころであり、ブラッド・ピットの演技のキャリアのなかでも屈指のものとなっている。
『マネーボール』(c)Photofest / Getty Images
さらにビリーは、バントや盗塁など、試合で定番とされている策を禁止するという、驚きの方針を発表した。統計を確認すると、これらのプレーは長い目で見て成功率が低く、勝利に貢献しないというのだ。まさに、血の通わないデータ至上主義。当然、スカウトスタッフやチームの監督(フィリップ・シーモア・ホフマン)たちは「表面的なデータだけで強くなれるはずがない。長年培ったプロによる選手の評価や作戦を信用してくれ」と反発する。だがビリーは頓着せず独断で選手の去就やマネージメントを進め、抵抗の声を強硬な態度で突破していく。しかし、そんな常軌を逸した“恐怖政治”は、驚くべき効果を生むこととなる。シーズン開幕直後こそ成績が落ち込んだが、セイバーメトリクスは目覚ましい成果を上げ始めるのだ。
一見するとビリーの採用した方法は、数字だけを基にした、夢も希望もない野球なのではないかと思える。だが、本当にそうなのだろうか。物語が進んでいくと明らかになってくるのが、ビリーの学生時代とプロ入りの思い出である。ビリーは、かつてスカウトに説得されて、大学進学をせずにプロに入るという選択をした。だが必死に努力しても、メジャーリーグで大きな活躍をすることはできなかった。もちろん、それを選択したのは本人だし、活躍できなかったのも本人の責任であるだろう。しかし、“スカウトの長年の勘”という、はっきりしない基準に振り回されてしまったところもあるのではないか。
数字という公平な基準を球団が採用していれば、ビリーの人生は変わっていたのかもしれない……そんな不幸な過去の事例に対し、クリス・プラットが演じるハッテバーグ選手は、セイバーメトリクスのデータとビリーの決断のおかげで、選手生命が救われることになる。ビリーの過去の体験は、この結果によって幾分救われたといえるのではないだろうか。