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『マネーボール』まるで“フィッツジェラルド文学”な脚本で描くデータ野球

(c)Photofest / Getty Images

『マネーボール』まるで“フィッツジェラルド文学”な脚本で描くデータ野球

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ビリー・ビーンの野球人生



 目を見張るのは、やはりブラッド・ピットの演技だ。彼が演じるビリー・ビーンは、GMという立場にありながら、いつでも悲しみを背負い、泣き出しそうな気持ちと込み上げる怒りを抑えながら日々を送っている。一見すると共感を呼ぶ人物像ではないが、その危うく繊細な感情表現や、純粋さを湛える瞳は、多くの観客の心を震わせる。


 注目したいのは、ビリー・ビーンの家族構成だ。離婚した妻との娘が一人いて、彼女が彼の心の救いになっているという状況は、事実とは異なるという。このような改変をおこなった理由はなぜか。それは、ラストシーンで明らかとなる。


 ビジネス上の大きな決断をしたビリーは、車を運転しながら、娘から贈られた彼女自作で弾き語る歌を、カーステレオで聴いて涙ぐんでいる。そこで聴こえてくる「ショーを楽しんで」という歌詞は、これまでビリーが苦痛のなかで野球人生を送ってきたことを示している。そして、彼のキャリアの決断が本当に正しかったのかどうかを考えさせもする。しかし、涙の理由はそれだけではないだろう。



『マネーボール』(c)Photofest / Getty Images


 劇中において、まるで一人娘が天使のように描かれていることから分かるように、彼にとって最も大事なのは娘の存在であり、彼女のそばで成長を見守ることこそが、ビーンの望みだったのではないか。なぜ、彼女と離れて暮らすなどという人生を選んでしてしまったのか……。しかし、彼が野球の道に進んで喪失を味わうことになったように、人生はやり直すことができない。こうやって多くの人々は、自分の過去を悔やみながら前へと進んでいくしかないのである。その気持ちは、われわれ観客もよく分かるところなのではないか。つまり本作は、人生の後悔と、痛みに耐えて生きざるを得ない、運命に翻弄される人間の存在そのものを描いているのだ。




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