まるで“フィッツジェラルド文学”な脚本
この物語構造は、アメリカを代表する作家F・スコット・フィッツジェラルドの「バビロン再訪」に非常に似ている。大恐慌後のパリを舞台に、一人娘との束の間の時間と、自分の過去の行動によって彼女を失ってしまった男の、耐えきれぬ苦痛と後悔が描かれる、この作品の物語は、その背景が次第に明らかになっていくという構成で進んでいくのである。本作『マネーボール』の脚本は、セイバーメトリクスの成功が記された原作本を、フィッツジェラルド文学のような重厚なものへと変化させているように思える。
本作の脚本は、『シンドラーのリスト』(93)、『アイリッシュマン』(19)を手がけたスティーヴン・ザイリアン、そして『ア・フュー・グッドメン』(92)の原作者・脚本家であり『ソーシャル・ネットワーク』(10)の脚本を担当し、現在は監督としても活躍しているアーロン・ソーキンという、大物二人の手によって書かれている。さすがの仕事と言うほかない。
『マネーボール』(c)Photofest / Getty Images
作家トルーマン・カポーティが「冷血」を書き上げる姿を、フィリップ・シーモア・ホフマン主演でスタイリッシュに撮り上げた『カポーティ』(05)や、『マネーボール』の後に、スポーツ界の重大事件を異様なタッチで表現した『フォックスキャッチャー』(14)など、実際の出来事を前衛的な演出で映し出すベネット・ミラー監督をはじめ、前述した撮影監督や脚本家たち、そして演技巧者の出演陣と、このような実力者が揃うことは稀だといえる。
本作『マネーボール』が“黄金の映画”になったことには、セイバーメトリクスがチームに勝利をもたらした事実と同様に、ちゃんと理由があったのである。
文:小野寺系
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