2018.08.17
ワンシーンに映り込んだバンクシーのグラフィティ・アート
最後にもうひとつ挙げたいのが、ゲリラ的な活動で知られる覆面アーティスト“バンクシー”のグラフィティ・アート(町の壁などに描かれた落書きアート)の存在だ。
セオが訪れる文化省の屋内には、ピカソの「ゲルニカ」やミケランジェロの「ダビデ像」などと並んで、バンクシーの代表的なグラフィティ作品”Kissing Coppers”(もちろん現物ではなくレプリカ)がガラスケースに入れられた状態で映し出される。
制服姿の男性警官が互いに抱擁して熱いキスを交わすこのアートは、2004年、港町ブライトンにあるパブの壁に(ゲリラ的に、もちろん無断で)描かれたものだ。当時、同様の手口で世間の注目を増しつつあったバンクシーの作品を、キュアロン監督らはいち早く映画に取り入れたわけである。
また、Vulture(参照:2)の記事によると、キュアロンはどうやらバンクシーの代理人と会って、映画の中で何らかのコラボができないものか交渉を行ったらしい。残念ながら話はまとまらなかったものの、この時の最小限の成果として、本編内で彼のグラフィティを映しだす許可を得たようだ。その結果がこの省内でのワンシーンにつながったのだ。
『トゥモロー・ワールド』A UNIVERSAL PICTURE(c)2006 UNIVERSAL STUDIOS
ちなみに”Kissing Coppers”は、パブの壁に描かれた2年後には何者かによって黒く塗りつぶされ、店側はその修復などに四苦八苦。やがて貴重な現物は店のオーナーの判断で壁から取り外され、美術品として買い手探しが続けられた。そして2014年、マイアミにて開催されたオークションで57万5千ドルの値をつけて落札されることに(参照:3)。
「やがて壁から引き剥がされて単独の美術品として扱われる」というこのアートの運命を、本作は撮影が行われた2005年の時点で、すでに言い当てていたのである。
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本稿で取り上げたディテールはどれも些細なもの。だが、「神は細部に宿る」とよく言われるように、決して見過ごすことはできないものばかりだ。おそらく本作には、この他にも無数の“未来の種”が撒かれているのだろう。それらの幾つかが芽を吹き出し、『トゥモロー・ワールド』はいま、公開時にも増して旨みの引き出された熟成期を迎えているのかもしれない。
舞台となった2027年まで残すところあと数年。本作の存在意義は刻一刻と大きなものになり、我々の心をなお一層震わせ続けてくれるはず。これからも折に触れて作品に接し、そのメッセージに耳を澄ませ、来るべき未来をしっかりと見据えていきたいものである。
参照:
1)http://www.bbc.com/culture/story/20160819-the-21st-centurys-100-greatest-films
2)http://www.vulture.com/2016/12/children-of-men-alfonso-cuaron-c-v-r.html
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンⅡ』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
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A UNIVERSAL PICTURE(c)2006 UNIVERSAL STUDIOS