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『if もしも....』1968年――学生運動の嵐が吹き荒れた時代に生まれた画期的作品

(c)Photofest / Getty Images

『if もしも....』1968年――学生運動の嵐が吹き荒れた時代に生まれた画期的作品

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キャスト&スタッフとその影響力



 『if もしも....』で特に強烈な印象を残すのは、マルコム・マクダウェル演じるミック・トラヴィスである。「暴力と革命は純粋な行為である」と言ってのけるミックはこの学園の問題児。仲間のジョニー(デヴィッド・ウッド)やウォレス(リチャード・ワーウィック)らと、いつも寮の中でつるんでいて、厳格な学園内の反逆分子として描かれる。この3人とミックがカフェで出会う若いウエイトレスの女性(クリスティン・ヌーナン)とウォレスに憧れるお小姓風のボビー(ルパート・ウェブスター)の5人はこの学校の“クルセイダーズ(十字軍)”という設定だ。


 アンダーソンは彼らのことを「実は時代遅れの少年たち」で、「すごくロマンティストでもある」と考えているようだ。「彼らはアンチ・ヒーローでもなく、ドロップ・アウト(おちこぼれ)でもなく、(当時、流行していた)マルクス・レーニン主義者というわけでもない」と前述のエッセイに書いている。ただ、彼らは自由を求めているのだ。


 街に出たトラヴィスが友人とバイクを盗んで走り去る場面があり、その前に広がる道の風景が延々と映し出される。あの映像こそが、彼らが求める心象風景なのだろう。それまでの重苦しいパブリック・スクールの光景とは異なる解放感があふれる場面だ。


 撮影を担当したのはミロシュ・フォアマン監督のチェコ時代の出世作『ブロンドの恋』(65、日本ではテレビ放映)などに参加していたミロスラフ・オンドリチェク。アンダーソンとは日本未公開の“The White Bus”(67)でも組んだチェコの名カメラマンで、後にフォアマンの『アマデウス』(84)ではオスカー候補にもなっている。


 『if もしも....』ではカラーが中心でありながら、時おりモノクロの映像が入ることで、幻想と現実がミックスされた不思議な雰囲気が生まれている。これは最初から意図したわけではなく、製作費不足で、チャペル内のカラー撮影がうまくいかず、あえて、その部分は(仕方なく)モノクロで撮影。全体のバランスを取るため、他の場面でもモノクロ映像を使ったという。しかし、最終的には、カラーとモノクロをミックスすることで、むしろ、ファンタジー風の味わいも生まれている。


 ロケはアンダーソンの母校だったパブリック・スクール、チェルトナム・カレッジで行われた(ここで撮影されたことは、しばらく伏せられていたという)。キャストは16~17歳くらいの青年を集めなくてはいけなかったが、その時、主人公のミック役に起用されたマルコム・マクダウェルは、すでに20代の半ばだったという。


 「しかし、この映画で大切なのは、実際の年齢ではなく、その精神、態度、感覚だと思った。だから、マルコムやデヴィッド・ウッド、リチャード・ワーウィックらが、年を取りすぎているとは思わなかった。この映画がマルコムのキャリアの始まりとなったことを本当に喜んでいる。この演技がキューブリックの『時計じかけのオレンジ』(71)につながったのだから」とアンダーソンはエッセイ集に書いている。



『if もしも....』(c)Photofest / Getty Image


 また、マルコムに関して、アンダーソンはこんなことも記述している――「この映画はマルコムと私のコラボレーションの始まりとなった。私が会った時、彼は舞台やテレビの仕事の経験が少しだけある若い俳優だった。父親はパブを経営している中産階級の青年だったが、マイナーなパブリック・スクールに通ったことがあり、『if もしも....』の学生役と本人に少し共通点もあると考えた」


 アンダーソンは、その後、コーヒーのセールスマンの青年の旅を描いた『オー!ラッキーマン』(73)や英国の病院を舞台にした風刺劇『ブリタニア・ホスピタル』(82、日本ではビデオ公開のみ)でもこの男優と組んでいる。


 こうした3本でマクダウェルが演じているのは、「if もしも....」と同じミック・トラヴィスの役で、風刺的な作風は3本の共通点だが、特に物語がつながっているわけではない。マクダウェルはアンダーソンをすごくリスペクトしていて、『オー!ラッキーマン』の場合も、マクダウェル自身の要望で2度目のコンビが実現したという。


 また、この映画には、その後、社会派の青春ドラマ『マイ・ビューティフル・ランドレット』(85)を撮るスティーヴン・フリアーズが助監督として参加。また、撮影監督を支えるカメラマンの立場で、英国の名撮影監督として知られるクリス・メンゲス(『キリング・フィールド』(84)等でオスカー受賞)もクレジットされている。


 『if もしも....』は不滅の人気を誇る作品になっていて、99年のBFIが行った「20世紀のベスト英国映画」の投票では12位、雑誌『タイム・アウト』の2011年の「ベスト英国映画」の投票では9位に選ばれている。この映画の影響を受けて、同じくマルコム・マクダウェル主演のスタンリー・キューブリック監督の傑作『時計じかけのオレンジ』が生まれた。マクダウェルが反逆児を演じている点は『if もしも....』との共通点だろう。


 また、パブリック・スクールを舞台にした英国の青春映画としてはルパート・エヴェレット、コリン・ファース主演の『アナザー・カントリー』(84)も作られた。『if もしも....』にも入っていた同性愛の要素をふくらませ、ロマンティックな要素を強化することで、日本でも人気作となった。原作はジュリアン・ミッチェルの戯曲で、ウエスト・エンドでの舞台が話題を呼び、この映画版が作られた。また、厳格な全寮制の学校での“自由”をテーマにしたアメリカ映画としては、ロビン・ウィリアムズが自由な精神の教師を好演した『いまを生きる』(89)も話題になった。


 『if もしも....』の場合は、時代色を封印し、パブリック・スクールという狭い世界をあえて舞台にすることで、抑圧された世界と解放への渇望が浮き彫りになる。アンダーソンは舞台の演出家でもあったので、ミクロを描きつつ、マクロを見せることが得意なのだろう。小さな世界での普遍的な自由への願望をとらえることで、『if もしも....』は時代を超えた傑作になっている。



文:大森さわこ

映画評論家、ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウェブ連載を大幅に加筆し、新原稿も多く加えた取材本「ミニシアター再訪 都市と映画の物語 1981-2023」(アルテスパブリッシング)を24年5月に刊行。東京の老舗ミニシアターの40年間の歴史を追った600ページの大作。



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