偵察システムの脅威と矛盾
恐ろしいのは、偵察システムの脅威だ。それは、広範囲をカバーし、ズームで個人を特定、屋内にいる人間の数や動きも正確に把握できる優れもの。これに攻撃能力を加えることで、要人を含め、ほぼ誰でも確実に仕留めることができる。このように、『エネミー・オブ・アメリカ』(98)や『ボーン・アイデンティティー』シリーズの監視システムの精度を、さらに高めたと感じられるシステムは、大量破壊兵器同様、人類を脅かす兵器そのものである。もちろん、本当にここまでのテクノロジーが本当に完成しているかは分からない。それこそ真相は、「ブラックバッグ」の中にある。
皮肉なのは、そんな攻撃/防衛システムや、システムを無力化するプログラム、そして嘘を見破り、嘘により敵のなかに潜入するエージェントを育てあげたことが、そのまま英国のリスクとなって跳ね返ってきている点だ。それは、冷戦時に核兵器のような大量破壊兵器を競って拡充し、膨大な攻撃能力をアメリカやロシアが手にしたことで、世界全てが滅亡するリスクを負うまでになってしまった矛盾と根を同じくする問題だ。
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つまり本作が描くのは、一度スパイとなってしまった人間が、恋愛や結婚を信じられず、人生の幸福を手放し、闇を彷徨い続ける存在になってしまうのと同じく、世界もまた熾烈な情報戦や軍事力の競争というゲームによって、強大な力を持たなかった頃の牧歌的な環境には戻れなくなってしまったという、悲惨な現実なのである。そうなれば、もはやスパイとは何のためにいるのか、国防とは何だったのか、存在意義そのものが揺らいでくる。