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『ブラックバッグ』エリート諜報員が立ち向かう、世界と個人の危機

© 2025 Focus Features, LLC. All Rights Reserved.

『ブラックバッグ』エリート諜報員が立ち向かう、世界と個人の危機

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コープとソダーバーグが描くもの



 そんなスパイの悲哀や、内輪の騒動が世界的な問題にまで発展する狂気は、思えば『ミッション・インポッシブル』第1作でも描かれていたことだ。往年の人気ドラマシリーズ『スパイ大作戦』の映画版である『ミッション・インポッシブル』は、アメリカのスパイチームが、大がかりな「コンゲーム」(騙しのトリック)によって世界秩序を守る内容だが、デヴィッド・コープが共同で手がけた脚本は、前半から誰も予想できない驚愕の展開を用意し、観客の度肝を抜いた。TVドラマのファンのなかには、その内容に怒りをおぼえた者もいたが、そこには何も信じられない地獄を生きるスパイの本質を描こうとした、コープの思想が投影されていたのである。それが、本作『ブラックバッグ』の内容でより鮮明になったのだといえよう。


 デヴィッド・コープと、『KIMI/サイバー・トラップ』(22)や『プレゼンス 存在』(24)でコラボレーションを続けているスティーヴン・ソダーバーグ監督の手腕も遺憾無く発揮されている。『ミッション・インポッシブル』に比べれば地味に見えがちな本作だが、マイケル・ファスベンダーとケイト・ブランシェットという熟練の俳優とともに、ケレンに転ばない抑制によって、鈍く光る刃物のようなスタイルを堅持している。バッキンガムシャー州のシャーデローズ湖で撮られた場面で、ボートに乗り釣りをするという牧歌的な光景を見せながら、その裏で命の取り合いの緊迫感が進行するシーンは、その代表例であるだろう。



『ブラックバッグ』© 2025 Focus Features, LLC. All Rights Reserved.


 スパイという、裏切り、裏切られる呪われた存在。世界を破滅の入り口へと進ませるに至った情報戦。そんな狂気の世界を描いた脚本をスタイリッシュに撮りあげた、本作『ブラックバッグ』……。その結末で描かれる希望は、コープが手がけていない『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』のような、「知らない誰かのために」というような倫理観の重要性を説くことで、もたらされるものではない。コープやソダーバーグは、そこまで世界を楽観視はしない。ただそこには、職人的な技術の洗練こそが信用に足るものだという、ある種の人間の善性への諦念と、確かな仕事を一つひとつやり遂げることへの意志があるばかりだ。



文:小野寺系

映画仙人を目指し、さすらいながらWEBメディアや雑誌などで執筆する映画評論家。いろいろな角度から、映画の“深い”内容を分かりやすく伝えていきます。

Twitter:@kmovie



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『ブラックバッグ』

大ヒット上映中

配給:パルコ ユニバーサル映画 

© 2025 Focus Features, LLC. All Rights Reserved.

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