『トミー』とは異なる映画作り
かつてケン・ラッセル監督の華やかな演出で作られた『トミー』に対して、ピート・タウンゼンドは不満もあったようだ。ザ・フーの軌跡を追ったデイヴ・マーシュの著作“Before I Get Old / The Story of The Who”(英国PLEXUS刊)には、「ケン・ラッセルはロックにそれほど興味はなく、理解しているわけでもなかった」というタウンゼンドのコメントが紹介されている。
ラッセルは音楽を自身の作品のインスピレーションに使う監督だが、チャイコフスキーを扱った『悲愴/恋人たちの曲』(71)や、グスタフ・マーラーが主人公の『マーラー』(74)でも分かるように、彼のルーツはクラシック音楽だ。
常識を覆す破壊的な映像を作る監督だが、年齢がラッセルより18歳下のタウンゼンドにしてみれば、その音楽に対する感覚には少し違和感もあったのだろう。
『トミー』は視覚・聴覚・言語の障害を背負った青年の数奇な運命を綴った物語。映画化の時、タウンゼンドは歌をきちんと歌えるミュージシャンを使って映画化を望んでいたが、ラッセルは歌よりも演技ができる俳優をキャスティングした。そこもタウンゼンドとは合わなかったようだ。
そこで『さらば青春の光』の映画化の際には、『トミー』とは異なる視点の映画作りをめざした。“Your Face Here /British Cult Movies Since The Sixties”(アリ・カテロール&サイモン・ウェルズ著、Forth Estate刊)によると、ザ・フーは『トミー』が国際的なマーケットを意識して作られていることに不満があり、「次の映画は海外のマーケットに目配せするのではなく、英国的な視点を打ち出せることをめざした」という。

『さらば青春の光』(c)Photofest / Getty Images
『トミー』にはハリウッドスターのアン=マーグレットやジャック・ニコルソンが出演したが、『さらば青春の光』は、前述のフィル・ダニエルズを始め、ほとんど無名のキャストが出演している。いまは有名になったエース・フェイス役のスティングも当時は新人だった。モッズ仲間のひとりを演じるパンク系ミュージシャンのトーヤ・ウィルコックスも知る人ぞ知る存在。後に『ニル・バイ・マウス』(97)で知られるレイ・ウィンストンや、『秘密と嘘』(96)、『ターナー、光に愛を求めて』(14)などマイク・リー映画で知られるティモシー・スポールも小さな役で出演しているが、彼らも当時は無名だった。
監督のフランク・ロッダムはテレビのドキュメンタリー・ドラマ“Dummy”(77)を撮っていた新人。この番組はサンドラという耳が不自由な少女が娼婦になるという衝撃的な物語だった。タウンゼンドはこの番組を見て、当時、31歳だったロッダムを監督として起用することに決めたという。