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『さらば青春の光』ザ・フーのアルバム「四重人格」から描く、ホロ苦い青春の終わり

(c)Photofest / Getty Images

『さらば青春の光』ザ・フーのアルバム「四重人格」から描く、ホロ苦い青春の終わり

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ホロ苦い青春の終わり



 ただ、ブライトンから戻ってきた後、ジミーの人生は八方ふさがりとなり、仕事も、愛も、スクーターも失い、家族からも厳しい言葉を投げつけられる。


 そこで再び、彼はブライトンに戻り、かつての高揚感をもう一度得ようとする。ここから映画はクライマックスへと向かうが、音楽好きの人はこうした後半の展開に特にワクワクするのではないだろうか。「5:15」、「愛の支配」、「ベル・ボーイ」、「アイヴ・ハッド・イナフ」と、次々にザ・フーの曲が流れるからだ。特に名曲「愛の支配(Love Reign O’er Me)」は、この映画のテーマ曲。雨(rain)と支配(reign)という韻を踏む言葉を使い、愛を求める主人公の魂の叫びが伝わる。ここでのreignは、支配というより、「包み込む」「浄化」の意味に近く、「愛よ、私を包み込み、雨のように浄化してほしい」という内容をロジャー・ダルトリーが切々と歌い上げ、胸に迫るものがある。


 そして、クライマックス。ヨーロッパの自殺の名所ともいわれる場所、ビーチー・ヘッドの絶壁がジミーの前に広がっている。そこをスクーターのヴェスパに乗って走るジミー。その様子をクルーたちはヘリコプターで撮影した。ロッダム監督は前述の“Your Face Here /British Cult Movies Since The Sixties”の中で、「いまなら、こういう場面もCGでもっと安く撮影できたのだろうが、当時はヘリコプターを使って撮るしか手段がなかった」と振り返る。


 後に「エンパイア」誌に載った取材で、主演のフィル・ダニエルズは「切り立った絶壁の近くまで行くことになった。第一班助監督にいわれたよ。『もしも、撮影中に君がそこの崖から誤って落ちたら、どうなると思う? 主役のキャスティングからやり直さなくてはいけなくなるんだよ』」


 撮影班も主演男優も、まさに命をかけて、この危険なクライマックスに挑んだ。でも、だからこそ、そこには異常な緊張感が漂い、ジミーの追いつめられた心理が画面の向こう側から迫ってくる。


 そこで描かれるのは、ホロ苦い青春の終わりである。ピート・タウンゼンドは、その歌詞の世界を通じて、自身の内的な世界を探求する。自分はどこにいるのか? どこに向かっているのか? 何にために生きているのか? そんな内省的な自己探求のテーマが歌詞を通じて描かれていく。


 オリジナル・アルバムの「四重人格」では、ジミーの分裂した性格が描写され、タイトルバックで流れる「ザ・リアル・ミー」では、「本当の自分を知りたいのに、精神科の医者も、親も、正面から自分を見てくれない」という彼の心理的な葛藤が歌われる。ただ、映画の中にジミーが精神科の医師に会う場面はない。「精神病を患った人物の物語にしても意味がないと思った」とロッダムは言う。「普通のトラウマを抱えた人物の物語にしたかった。アイデンティティの危機に直面している若いモッズの青年の物語をめざしたんだ」


 主人公に扮したフィル・ダニエルズはアラン・パーカーの子供だけのミュージカル『ダウンタウン物語』(76)に子役で出演していた俳優。ここではすごく親近感を感じる等身大の人物像を好演。それゆえ、『さらば青春の光』は多くの人に愛され、カルト的な青春映画になったのだろう(ダニエルズは90年代にはブラーの「パークライフ」のユーモラスなMVにも出演)。


 ザ・フーは60年代にはモッズに愛されるバンドとして人気を誇っていた。そんな彼らが60年代の英国の人気番組『レディ・ステディ・ゴー』(63~66)に出演した時の映像も盛り込まれ、彼らは「エニウェイ・エニハウ・エニホエア」を演奏する(ジミーは目をランランと輝かせて番組を見ている)。


 また、ザ・フーの象徴的なヒット曲「マイ・ジェネレーション」も劇中で聞くことができる。モッズたちが集まるパーティの場面でジミーがこの曲をかけると、その場が盛り上がる。


 劇中で自身の存在感も見せるザ・フーだが、この映画はジミーの青春時代だけではなく、ザ・フーの1960年代という時代への決別も意味しているようだ。




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