※本記事は物語の結末に触れているため、映画未見の方はご注意ください。
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ザ・フーのアルバムの映画化
ザ・フーは1960年代から活躍している英国の伝説的なロック・バンド。当時はザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズなど、時代の価値観をゆさぶる多くの人気バンドが出現。ブリティッシュ・ロックの最初の黄金時代を築いたが、そんな中でもフーは映画や演劇に特に関係が深いバンドといえるだろう。彼らの2枚のアルバムが、いずれも映像化・舞台化されているからだ。
69年のロック・オペラ「トミー」は75年にケン・ラッセル監督がこのバンドのボーカリスト、ロジャー・ダルトリーを主役にして映画化。また、90年代にはニューヨークやロンドンで舞台版も上演されて評判を呼んだ。
一方、73年のアルバム「四重人格」は79年に映画化。邦題は『さらば青春の光』(原題はアルバムと同じく「四重人格」)。また、2025年に英国ではこのアルバムがバレエ化された“Quadrophenia:A Mod Ballet“も上演され、再び、その世界観が評価された。
バンドの主要曲の作詞・作曲を手がけてきたピート・タウンゼンドの世界には他のミュージシャンとは一味違う文学性・演劇性があった
『さらば青春の光』では、モッズ族の青年ジミーが主人公で、周囲になじめず疎外感を抱いている。ザ・フーの代表曲「ババ・オライリィ」には「そこにあるのは10代の荒地(ティーンエイジ・ウエストランド)にすぎない」という歌詞が出てくるが、ジミーも、未熟な青春という名の荒地を生きている。

『さらば青春の光』(c)Photofest / Getty Images
「四重人格」という原題は、ザ・フーの4人のメンバーの性格を意味しているようだ。ボーカルのロジャー・ダルトリーは「狂暴で、アグレッシブ」。ベースのジョン・エントウィッスルは「優しくて、ロマンティック」。ドラムのキース・ムーンは「狂っていて、理性が効かない」。そして、ギターのピート・タウンゼンドは「不安定で、探求心が強い」。こうした4つの異なる人格がひとつのバンドになっているというわけだ。
映画版の主演のフィル・ダニエルズは、この映画に出演した頃、19歳か、20歳。舞台は1960年代で、モッズ族が注目された時代の物語となっている。
ジミーは会社で荷物を届ける仕事をしているが、口うるさい上司のいる会社にも、保守的な両親にもうんざりしている。夜になると,小ざっぱりしたスーツを着て、スクーターでクラブに行き、モッズ族の仲間たちとバカ話をする。そこにはドラッグも欠かせない。ジミーはステフという魅力的な女性にひかれているが、彼女は気のあるふりをしたり、そっけなくしたり…。そんな小悪魔的なところもある。モッズ族にはロッカーズという敵対するグループいる。そして、ブライトンの海辺で両者は激しくぶつかりあう。
大人の入口に立ちながらも、本当のことなど何も分かっていない。そんな青春時代の抵抗や怒り、憧れの異性へのひそかな思い、仲間たちとのバカ騒ぎ。多くの人が若い時に一度は通過する不安や孤独が凝縮された普遍的な青春映画になっている。