過酷な撮影、役者陣の熱演
公開当時のフランスは、失業率の高さから若者のアイデンティティの危機が社会問題化していたといわれる。「グラン・ブルー・ジェネラシオン」が生まれたのは、物質主義的で酷薄な社会の現実に対する代替的な価値観を『グラン・ブルー』に見つけたからではないだろうか。フランスでの評判を受けて盛り上がった1992年の日本でも、バブル崩壊直後の衝撃と厭世観が、人間界に別れを告げる劇中のジャックの心情に重ねられたところがあったのかもしれない。
海からの呼び声に、ジャックが正常な精神状態を乱され悪夢を見るシーンは、見事に幻想的だ。ベッドルームの上部に波立つ水面があり、部屋全体が海中にあるように見えるのである。じつはこれは、部屋のセットを逆さまにして、ジャン=マルク・バールの手足をベッドにくくりつけたまま、クレーンを使ってプールに沈めていくという手法を用いたものだ。その鬼気迫る映像は、実際に異常な状況だからこそ生み出されたといえるだろう。
『グラン・ブルー 完全版 4K』©1988 GAUMONT
そんな過酷な撮影だけでなく、実際に水中を数十メートル潜り、フリーダイブのシーンを演じた、バールやジャン・レノの苦労ももちろん賞賛に値するものだ。数々のトラブルを乗り越え、イルカを追って海中を美しく泳ぐ姿を撮り上げた監督の苦労や、エリック・セラのシンセ・サウンドも本作に特別な感覚を与えている。そして、演技によって忘れがたいものにしているのが、アメリカ人俳優のロザンナ・アークエットである。
彼女が演じるジョアンナは、ジャックの子を宿し、彼を人間の世界に押しとどめようとする役柄だ。しかし最終的には、「私の愛を見てきて」と、涙ながらに夜の闇に沈んだ海の中へと送り出すのである。彼女の表現した切ない演技こそが、現実の枠からファンタジックな世界へと抜け出していくジャックの決断を重いものにしていることは、言うまでもないだろう。