2026.02.24
映画との距離のなさ
レオス・カラックスはアレックス役を演じられる俳優を見つけるまで、撮影を2回延期している。そして1年間かけて理想の俳優ドニ・ラヴァンに出会う。ドニ・ラヴァンは初めて『ボーイ・ミーツ・ガール』の脚本を読んだ際、正直あまり共感できるような世界ではなかったという。しかしドニ・ラヴァンは、脚本の細部に強く惹かれる。バルバラのレコードを万引きするシーン。キスをしているカップルに小銭を投げる、遊園地のようなシーン。舗道の敷石のつなぎ目を踏まないようにステップを踏むシーン(ドニ・ラヴァンは子供の頃に同じ遊びを熱心に練習していたという)。
本作の撮影はドニ・ラヴァンにとって必ずしも心地のよいものではなかった。しかし後にドニ・ラヴァンは、レオス・カラックスと自分を運命的につないでいた“沈黙”というキーワードを発見する。レオス・カラックスが無声映画に夢中になったように、ドニ・ラヴァンは“沈黙の詩人”と呼ばれたマルセル・マルソーのパントマイムに夢中になっていた。2人は共に沈黙の世界からやってきたのだ。『ボーイ・ミーツ・ガール』のドニ・ラヴァンは、『汚れた血』や『ポンヌフの恋人』のようなアクロバティックな身体表現ではなく、走るというシンプルな行動と顔がフィルムに彫刻されている。ドニ・ラヴァンは、フリッツ・ラングの『M』(31)におけるピーター・ローレの人物像を役作りの参考にしていたという。

『ボーイ・ミーツ・ガール』4Kレストア版
『ボーイ・ミーツ・ガール』にはレオス・カラックスの盟友であり、相談役だったエリー・ポワカールが、ミレーユの恋人のベルナール役として出演している。エリー・ポワカールは、『ポンヌフの恋人』における、恋人たちが橋の上で踊る狂乱のシーンのバックに流れる、あの音楽をミックスした人物でもある。レオス・カラックス曰く、「作品のない芸術家」であり、映画や文学、音楽、様々なアートに精通した「狂乱の百科事典」だったエリー・ポワカールは、2025年の11月に亡くなっている(レオス・カラックスによる追悼文がリベラシオン紙に掲載された)。友人のレオス・カラックスを支え、「転ばないように、遠くから」、共に創作の冒険を並走してきたエリー・ポワカール。エリー・ポワカールという名前自体が、レオス・カラックスに名付けられた名前であり、彼はすべての身分証明書から生年月日を削っていた謎多き人物である。
そして天才撮影監督ジャン=イヴ・エスコフィエとの決定的な出会いがある。ジャン=イヴ・エスコフィエが撮影を務めた、ポルノ映画館で働く女性を描いた『シモーヌ・バルベス、あるいは淑徳』(80)を経由して、2人は出会っている。『シモーヌ・バルベス、あるいは淑徳』は、夜の美しさが強い印象を残す傑作である。ジャン=イヴ・エスコフィエのカメラアイによって、『ボーイ・ミーツ・ガール』は、パリの夜を再発明する。以後、2人は鉄壁のデュオとして、「光に関する音楽的な仕事」を次々に発明していく。レオス・カラックスにとって、カメラは対話を発見する手段である。カメラがないと無力感を感じてしまうのだという。
「映画監督の多くは映画を発見し、その後学校に通うと思います。他の人の映画に携わってから映画を作ります。 しかし私は、映画を作るのと同時に映画を発見したのです。それが良いことなのか悪いことなのかは分かりませんが、距離がなかったのです。」(レオス・カラックス)*2