2019.06.14
ガス・ヴァン・サント監督が抜擢した才人、エリオット・スミスの音楽
この映画で初のオスカー候補となった監督、ガス・ヴァン・サントはマット・ディロン主演の『ドラッグストア・カウボーイ』(89)、リヴァー・フェニックス、キアヌ・リーヴス主演の『マイ・プライベート・アイダホ』(91)、アマチュアの若い俳優たちを起用した『エレファント』(03)などでも、少年から大人へとなっていく青年たちの、繊細で揺れ動く心理を見事に描写していた。そんな演出力が生かされることで、心を閉ざした天才児、ウィルの複雑な心理がビビッドに伝わる。
青年たちの繊細な心理を託したエリオット・スミスの音楽も忘れることができない。彼はガス・ヴァン・サントがこだわる街、ポートランドをベースにしたシンガー・ソングライター。94年にインディーズ系のミュージシャンとしてデビューしたが、監督は以前から彼のファンで、『グッド・ウィル・ハンティング』の音楽を依頼。その結果、主題歌「Miss Misery」が完成して、この曲はアカデミー主題歌賞候補にもあがった。
98年のオスカーの授賞式には、スミスが(あまり似合わない?)白いスーツ姿で登場してこの曲を歌ったが、それまで華やかなショービジネスとは無縁で、暗い顔をした彼のステージには、奇妙な違和感があり、今でも「オスカー史上最もシュールな歌唱場面」と語り草になっている。
「Miss Misery」MV
彼の代表作のひとつといわれる3枚目のアルバム「Either/Or」(97年発表)からは3曲が使われる。恋人たちのデートの場面で流れる「Say Yes」、ふたりのベッドでの会話にかぶる「Between The Bars」、ウィルが恋人に電話する場面で流れる「Angeles」など心にしみる名曲ぞろい。また、最初のアルバム「Roman Candle」(94年発表)収録の「No Name#3」はウィルたちが酒場を出て朝帰りする場面に流れ、舞台となるボストンのストリートの風景と重なることで、独特のリリシズムが生まれていく。
この映画をきっかけによりメジャーな存在となったスミスは、その後、大手のレコード会社、ドリームワークスに移籍して「XO」(98年発表)、「Figure8」(00年発表)といった傑作アルバムを作り、よりポップで、広がりのある美しいサウンドを聞かせる。ザ・ビートルズに通じるポップな音作りもできる才人だったが、『グッド・ウィル・ハンティング』に登場する曲はどれもアコースティックで生々しく、青春の痛み、悲哀感があり、ウィル自身の孤独な心情と重なる。悲しいのは、映画の完成から6年後の03年、エリオットが34歳で自ら死を選んだことだ。
その後、作られたドキュメンタリー『ヘヴン・アドアーズ・ユー~ドキュメンタリー・オブ・エリオット・スミス』(14)の中で、生前の彼は語り草となっていたオスカーの舞台でのシュールな体験を「僕としてはおもしろかった。ずうっとあの世界にいたいとは思わないが、あれはあれで楽しんだ」と語っていた。
今、この映画を振り返ってみると、ロビンやエリオットは自ら死の世界に旅立ち、製作者のワインスタインも映画界にはいない。
しかし、マット、ベン、ケイシーといった男優たちは今も活躍中で、この作品ではブレイク前の初々しさを見せることで、その青春の描写が説得力あるものになっている。
絶妙のタイミングで、俳優兼脚本家、監督、製作者、ミュージシャンらが出会うことで、不滅の輝きを持つ1本の映画が残されたのだ。
文: 大森さわこ
映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、
訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。( http://www.gei-shin.co.jp/comunity/18/act19.html)
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