2019.07.08
『エンドゲーム』後の世界の暗黒面
ピーターを襲う「幻影」とは何なのか? 答えは3つある。
第1に、もうこの世にいないアイアンマンの影。第2に、今回の敵が操る幻。第3に、アベンジャーズとしての重責だ。
前作『スパイダーマン:ホームカミング』(17)の軽いノリを受け継ぎ、冒頭からトニーの追悼を映画『ボディガード』(92)の主題歌「オールウェイズ・ラヴ・ユー」でサクッと片づけてしまう本作。その勢いのまま、ピーターはメイおばさん(マリサ・トメイ)が主催するチャリティイベントに、スパイダーマンとして颯爽と登場する。
しかし、問題はここから。明るくファンサービスをするつもりが、会場に詰め掛けた観客や報道陣から「次期アイアンマン」としての狂的な切望をぶつけられてしまい、ピーターは逃げるようにその場を後にする。そして、画面には不穏な空気が立ち込めていく。
アベンジャーズは確かに、サノスの「指パッチン」から世界を救った。だが、人々の心までは救えなかった。二度あることは三度ある――新たな脅威におびえる市民は、まばゆい灯を求める。スパイダーマンに群がる群衆は、世界に立ち込める不安をダイレクトに示している。これが、『エンドゲーム』後の暗黒面だ。
『アベンジャーズ』(12)ではNY、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(15)ではソコヴィアと被害の規模が徐々に拡大してきたMCUだが、『インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』では遂に全宇宙が被害にあう。シリーズものにありがちな強さのインフレを、MCUは無視しない。どれだけ強敵が続々と現れても、一般市民が「慣れる」ことは決してないのだ。逆に言えば、『インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』で初めて世界の人々は、直接被害を被ったともいえる。そういった意味で、本作は疑心暗鬼の「始まり」を描いている。
『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(c)2019 CTMG. (c) & TM 2019 MARVEL.
本作のヨーロッパ周遊旅行は、それを示す具体的な「装置」だ。NYを離れても、アイアンマンの影はピーターに付きまとう。飛行機の機内番組、ヨーロッパ各地に描かれた壁画……世界は不安でいっぱいだ。誰もが次のアイアンマンを求めている実態をピーターは目の当たりにし、自分に向けられる重圧に耐えきれなくなる。
さらに、トニーが遺した「王冠を戴くものは安心して眠れない」(出典はシェイクスピアの『ヘンリー四世』から)という言葉が追い打ちをかける。だってまだ彼は、安眠したい十代だから。「次のスタークへ。君を信じる」という最愛のメッセージも添えられているが、ピーターには重荷にしかならない。目の前の人を救うことしか考えてこなかった「親愛なる隣人」には、世界を背負う覚悟がまだないのだ。
余談だが、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』でトニーがピーターのアベンジャーズ入りを宣言するとき、手刀でピーターの肩をたたき「騎士の叙任の儀式」を行うシーンがある。このように、アイアンマンのアイデンティティには中世ヨーロッパの文化が色濃く流れており、今回のシェイクスピアからの引用ともつながる。