2019.07.08
ヒーロー覚醒を描いた完璧なシナリオ
『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』では、トニーの遺品であり、使い方次第で恐怖の兵器になるサポートアイテム「E.D.I.T.H.」をめぐる戦いが描かれる。
このE.D.I.T.H.、トニーが開発したものなのだが、一見すれば『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』で犯した「脅威を自らの手で生み出す」という過ちをまた繰り返しているともいえる。だが、今回のトニーは今までとは違う。AIに任せるのではなく、誰よりも信頼している後継者だけに託したのだ。
この行為と「君を信じる」というメッセージは「大いなる力には、大いなる責任が伴う」をアップデートする「だから、君だけに託す」という想いの表れ。この部分にトニーの成長を感じて、僕は鑑賞時に目頭が熱くなったのだが、一度はこの過度な期待を拒絶したピーターが、自分なりのやり方で後継者への道を歩んでいくドラマには、涙腺が決壊した。
ミステリオの本性を知ったピーターは、トニーの古くからの理解者ハッピー・ホーガン(ジョン・ファブロー)の前で感情を爆発させ、「スタークさんに会えなくて寂しい」と涙を流す。劇中で最もドラマティックなシーンだが、同時にここが「リセットポイント」にもなっている。想いを吐き出し、覚悟を決めたピーターがまず挑むのは、スーツ作りだ。
『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(c)2019 CTMG. (c) & TM 2019 MARVEL.
この「スーツ作り」はこれまでのスパイダーマン映画では非常に大切な意味を持っており、ここでピーターがスーツを自作する行為が描かれることで「お仕着せからの卒業」「スパイダーマンの原点回帰」が同時に描かれる。さらに、この姿は『アイアンマン』でのトニーの姿を観る者の脳裏にオーバーラップさせる。もう、素の状態でピーターは次期アイアンマンなのだ。
幻影を断ち切ったピーターは、新たな進化を遂げる。ミステリオとの最終決戦の中で、発展途上だった「スパイダーセンス」ならぬ「ピータームズムズ」を開眼させるのだ。アイアンマンの影におびえることなく、アベンジャーズの重責も跳ね除け、さらにはE.D.I.T.H.の力も借りず、ピーターは「自分自身」だけで真のヒーローへとなっていく。完璧なシナリオと言わざるを得ない。
この成長ドラマに恋愛要素やコメディ要素が絡み、さらに「フェーズ4」への期待とピーターに降りかかる受難を匂わせ、本作はフィナーレを迎える。劇場を後にするころには、あなた自身が『エンドゲーム』後の喪失感から抜け出せているだろう。そう、この映画は我々の中にあった幻影までをも取り去り、未来への希望を与えてくれる。
「E.D.I.T.H.」とは、「Even Dead,I'm the Hero.(死んでも僕はヒーロー)」の略。
彼はもう迷わない。ここからは、スパイダーマンの時代だ。
文: SYO
1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライターに。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」「FRIDAYデジタル」「Fan's Voice」「映画.com」等に寄稿。Twitter「syocinema」
『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』
2019年6月28日(金) 世界最速公開!
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
(c)2019 CTMG. (c) & TM 2019 MARVEL.
※2019年6月記事掲載時の情報です。