2019.07.08
今回の敵、「仮想アイアンマン」
『ホームカミング』と本作は同じく、アイアンマンの「負の遺産」をスパイダーマンが回収する流れになっている。『ホームカミング』の敵バルチャーはスタークによって職を奪われたことから生まれ、今回は『アイアンマン』(08)や『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(16)からトニーに恨みを募らせていた人々がヴィラン化する。
元来『スパイダーマン』シリーズは身近な人が「闇堕ち」するパターンが圧倒的に多いが、本シリーズではそこに一ひねり加えてアイアンマンへの怨嗟を入れることで、「親の罪を子があがなう」姿が意識的に描かれるのだ(『アイアンマン』シリーズは私怨との闘いの記録であり、その構造が弟子に引き継がれた、という見方もできる)。
本項では、今回の真の敵である「幻術使い」ミステリオに注目したい。原作でも人気のヴィランだが、今回の彼には「仮想アイアンマン」としての役割が与えられた。容姿・戦闘スタイル・言動、あらゆる部分でトニーを意識した属性に味付けされている。
『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(c)2019 CTMG. (c) & TM 2019 MARVEL.
例えば、アイアンマンがワンマンな「俺様ヒーロー」だったのに対し、ミステリオはチームで「理想のヒーロー」を演出する。アイアンマンは辛口で敵も多かったが、ミステリオは穏やかで、常に相手が欲しい言葉を与える。アイアンマンが本能タイプなら、ミステリオは理性タイプだ。アイアンマンへの憎悪から生まれたキャラクターだけに、彼のパーソナリティを事細かに研究し「恨まれず、愛される」性格づけが行われ、両者はコインの表裏のように映る。
それでいて、容姿はあえて寄せており、2人ともテクノロジーを使って戦うスタイル。デヴィッド・フィンチャーの監督作『ゾディアック』(07)でロバート・ダウニー・Jrと共演済みのジェイク・ギレンホールは、トニー風のひげを生やしてミステリオを「優等生版アイアンマン」のように演じ、観客もピーターも信じ込ませる。前半は完璧なメンターとしてピーターを支え、中盤以降ヴィランとしての本性をむき出しにするミステリオの豹変ぶりは、ジェイクの独壇場。何も知らずに観た観客は、強烈なショックを受けるだろう。
『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(c)2019 CTMG. (c) & TM 2019 MARVEL.
アイアンマンの皮をかぶったミステリオにシンパシーを抱き、裏切られ、自身の過ちに気づき、己自身の力で再び対峙していく――。本作でピーターがたどる道筋は、内外にある「アイアンマン依存」からの脱却のプロセスだ。そしてその「成長」は、アベンジャーズ入りしたことで「ファー・フロム・ホーム(故郷から遠く離れて)」してしまったスパイダーマンが、自分の意志で原点である「親愛なる隣人」としてのアイデンティティを取り戻していく布石になっていく。
幻影を使った精神攻撃が得意なミステリオは、ピーターが真のヒーロー道を進むために最適なヴィランであり「反面教師」といえる。心の弱さを徹底的に突いてくる彼に「勝つ」ことは、すなわち自身の中に潜む恐怖に「克つ」ことなのだ。