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『グランド・ブダペスト・ホテル』卓越した美意識と技巧が引き立てる、3つの愛――

(C)2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

『グランド・ブダペスト・ホテル』卓越した美意識と技巧が引き立てる、3つの愛――

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深い余韻を残す3つの愛



 そして「シネフィル」「ライト層」の双方に強く訴えかけたのが、「愛」の物語だ。


 『 ムーンライズ・キングダム』や『 犬ヶ島』(18)もそうなのだが、ウェス・アンダーソン監督の作品は、一見そう見えないだけで中身は実にエモーショナルだ。『ムーンライズ・キングダム』であればブルース・ウィリス演じる頼りない警部の変化は観る者の涙を誘うし、『犬ヶ島』のアタリとチーフに絆が芽生えていくさまは、温かな感動を与えてくれる。


 確かにウェス監督作品といえばアートとユーモアが混ざったコメディの要素が強く、合間合間にシニカルなギャグや毒舌を入れてきてストレートに筋を追わせない構造ではあるのだが、特に近年の作品においては、「泣かせ」のシーンをきっちりと入れてきている。しかもそういったシーンにおいては、驚くほど王道な演出を施している。そのまっすぐさが他のシーンと明確なコントラストを生み出し、驚きと感動をもたらすのだ。



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 例えば、本作の列車内でのシーン。移民であることから軍隊に不当な取り調べを受けたゼロをかばい、普段は冷静なグスタヴが叫ぶ「私のロビーボーイに触るな!」は、師弟愛を象徴する重要な場面だ。本作の裏テーマともいえる、戦争への批判がダイレクトに言及されるシーンでもある。


 こちらでは、「理不尽な差別・暴力を受ける」→「いつもは冷静な人物が自分のために激怒する」→「本心を知る」という極めてオーソドックスな展開が起こり、他のシーンのように茶々やお遊びが入ることはない。不純物が排除されているため、観客側もピュアな感情だけで観ることができ、結果的に強く印象に残る。


 「愛」は、本作においては最重要な要素といってもいい。劇中では、3つの愛が描かれる。まずはグスタヴとマダムDが織りなす愛、次にゼロとメンドルで働くアガサ(シアーシャ・ローナン)が育む愛だ。暴力に支配され、戦争が刻一刻と迫ってくるなか、この2つの愛は彼らが唯一持つ「武器」として、いついかなる時も光り輝いている。


 伯爵夫人とホテルのコンシェルジュの禁断の愛、天涯孤独の移民と顔にあざがある日陰者の純粋な愛。これら2つが暴力や理不尽に打ち勝つ姿は、実に痛快だ。ただ同時に、哀しみもにじむ。愛が輝くときというのはつまり、平和が霞むときだからだ。グスタヴはマダムDとの愛をもみ消されて犯罪者に仕立て上げられ、ゼロとアガサの愛は認識されてはならない。しかし、逆境の中で愛は鍛えられ、剣となって敵の喉元に突きつけられる。



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 そして、最も強く、深いもう1つの愛。それは、師から弟子に注がれる慈愛だ。この最後の愛こそが、本作を時代を超える傑作へと高めた崇高な精神。先に述べた列車内のシーンは前半のハイライトだが、後半にももう1つ、涙なしでは観られない見せ場が用意されている。


 ネタバレを避けるため具体的な言及は行わないが、このシーンを描くために、現在からの回想(+1986年からのさらに回想)といった構造があるのだと考えると、全ての要素が一本の線につながったような快感を得られるのではないか。その後、さらにもう1つの「種明かし」が続き、そこからラストにかけては作品のテンポもぐっとスローに転換する。最後の最後まで、本当に見事な仕掛けだと言わざるを得ない。


 ユーモラスでお洒落な外観に魅了されて始まる本作との“旅”は、深い余韻を生じ、終幕を迎える。観始める前はただの建物名だった『グランド・ブダペスト・ホテル』が、鑑賞後には全く別の響きを奏でるだろう。


 真の愛。

 それは今もなお風化せず、色褪せず、あの場所に在る。



文: SYO

1987年生。東京学芸大学卒業後、映画雑誌編集プロダクション・映画情報サイト勤務を経て映画ライターに。インタビュー・レビュー・コラム・イベント出演・推薦コメント等、幅広く手がける。「CINEMORE」「FRIDAYデジタル」「Fan's Voice」「映画.com」等に寄稿。Twitter「syocinema」



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『グランド・ブダペスト・ホテル』

ブルーレイ発売中

価格:¥1,905+税

20世紀フォックス ホーム エンターテイメント ジャパン

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