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『ホット・サマー・ナイツ』派手なルックは見せかけ―冴えわたる技巧と思考
2019.08.17
過去の青春犯罪映画を意図的に連想させる、凝った演出
先に述べたとおり、『ホット・サマー・ナイツ』は1991年のアメリカを舞台にしている。フレディ・マーキュリーが亡くなる数か月前で、『ターミネーター2』が封切られた直後だ(余談だが、その前後には『羊たちの沈黙』とディズニーアニメ『美女と野獣』がある)。携帯電話もインターネットもまだそこまで普及しておらず、世の中の速度が緩やかだったギリギリの時代。
高校卒業直後、父親を亡くして引きこもり状態のダニエル(ティモシー・シャラメ)は、母親の計らいで、叔母が暮らす海辺の町で夏休みを過ごすことに。彼は滞在先で大麻のディーラー、ハンター(アレックス・ロー)と意気投合し、喪失感を埋めるように大麻ビジネスにのめり込んでいく。さらに、町で1番の美女と評判のハンターの妹マッケイラ(マイカ・モンロー)とも密かに逢瀬を重ね、生の実感を得ていくのだが……。
『ホット・サマー・ナイツ』(c)2017 IMPERATIVE DISTRIBUTION, LLC. All rights reserved.
このあらすじは、まさしく王道の青春犯罪映画だ。主人公が罪を犯し、幸福と堕落を経験する物語。古くは『理由なき反抗』(55)から『明日に向って撃て!』(69)、『ファイト・クラブ』(99)、最近であれば『ベイビー・ドライバー』(17)や『アメリカン・アニマルズ』(18)にもそのテイストは流れている。退屈→幸福→絶望と感情のアップダウンが劇的かつ感情的に描かれ、若さや無邪気さから来る未熟さに観る者が共感しやすい。アウトローでいる高揚感とシビアな現実とのギャップも、共通するテーマだ。
また、昔から皆が親しみ、魅了されてきたストーリーであるが故に、ある種のオールディーズな雰囲気も生み出される。本作においては、1991年という「ちょっと昔」感の創出にも一役買っているといえるだろう。映画を観ている中で、観客が過去に通ってきた青春犯罪映画を連想し、この作品が2018年の映画ではなく、もっと前の作品に思えてくる。なかなかに興味深い仕掛けだ。
『ホット・サマー・ナイツ』(c)2017 IMPERATIVE DISTRIBUTION, LLC. All rights reserved.
「語り手が不明」という演出も秀逸だ。これらは、最近の映画でいえば『バイス』(18)で使われていた手法。ナレーションを務めているのは誰なのか、観客の興味をそそるのと同時に、語られる物語自体に「噂」や「伝説」、「武勇伝」といった付加価値が付く。当の本人や関係者が語れば「身内ネタ」であり、“天の声”が語ってしまえば、フィクションの要素は強まる。しかし、直接関係はないが同じ世界の住人が語ることによって、物語自体が「語り継がれるべきもの」という印象になるのだ。
『ホット・サマー・ナイツ』はまさにこの効果を狙っており、主人公のダニエルがその町で伝説的人物になったのだ、という「既成事実」を自然な形で示すことに成功している。ある種の文学的な演出でもあるだろう。