(c)1962, renewed 1990, (c)1988 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
『アラビアのロレンス』スピルバーグに監督になることを決意させた圧倒的な映像世界
暑さを生き抜き、ラクダを乗りこなしたキャストたち
こういった状況に嬉々として身を投じるキャストもキャストだ。「俺は大スターなのだ」というおごりなど一切ない。キャスティングの過程を紐解くと、当初は主演候補としてマーロン・ブランドやアルバート・フィニーの名も挙がっていたそうだが、最終的にシェイクスピア物などで知られる舞台俳優、ピーター・オトゥールが大抜擢を受けることとなる。
さらに中東ではすでに人気俳優だったオマー・シャリフがアリ役に就任(アラン・ドロンらも候補に挙がっていたとか)。ファイサル王子役には『戦場にかける橋』を成功へと導いたアレック・ギネスが、一見すると誰なのか分からないエキゾチックなメイクで参加。のちに『スター・ウォーズ』シリーズのオビ=ワン・ケノビ役で世界的人気を博する彼だが、当時の観客には、彼と惑星タトゥイーンの砂漠の組み合わせを目にした時、ハッと『ロレンス』の記憶が蘇った人も多かったはずだ。
キャストを待ち受けていたのは自然環境の過酷さだけではない。もっと大変なのは、自らがラクダにまたがって命を張らねばならないことだった。
『アラビアのロレンス』(c)1962, renewed 1990, (c)1988 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
特に大きなチャレンジとなったのは、数百人のエキストラとともに大軍団をなして砂漠を激走するシーン。もしも走行中に誤って地面に落下したなら、後続のラクダや馬から容赦なく踏み潰され、たちまち大怪我、あるいは死に至る。絶対に起こってはならない事態のはずだったが、この大事な撮影で、目を覆いたくなるような間違いがオトゥールの身に起こった。彼はラクダから落ちて土埃のもうもうと立ち込める地面へと放り出されたのである。
関係者の誰もが顔面蒼白になったが、次の瞬間、奇跡的なことが起きた。彼の乗っていたラクダがすかさず身を呈して彼を守ってくれたのだ。後続の群れも彼らをギリギリのところで避けて通り、オトゥールには傷一つなかったという。
これも長期に及んだトレーニングの賜物だろうか。役者同士の化学反応とはよく言うが、本作では動物との信頼関係も欠かせないものだった。それがあって初めて、ロレンスやその一味が爆走していくあのリアルな大迫力映像、そして砂漠に人生を捧げつつ全力で手綱を引くロレンスの精悍な顔立ちが克明に活写されたのであった。
『アラビアのロレンス』(c)1962, renewed 1990, (c)1988 Columbia Pictures Industries, Inc. All Rights Reserved.
と、このエピソードに触れる時、私はいつも冒頭のバイク走行シーンのことを彷彿せずにいられなくなる。46歳で不慮の死を遂げる主人公は、この時、スピードを加速させ、風を感じながらどこか笑っているようにも見えるのだ。
あれはもしかすると、かつて理想に燃えて砂漠でラクダにまたがって疾走した日々がにわかに脳裏に蘇っていたからではないか。つまりあの死の瞬間だけ彼は、身と心を砂漠に引き戻されていたのではないかと、私には思えてならないのである。