9.『劇場』(20) 監督:行定勲 136分
芥川賞作家でもあるお笑いコンビ「ピース」の又吉直樹の小説を、行定勲監督が映画化した青春ドラマ。上京して劇団を旗揚げし、何者かになろうともがく劇作家(山﨑賢人)と、彼を傍らで見守り続けた恋人(松岡)の年月を、切なく映し出す。
生き方も考え方も、すべてを芸に捧げる劇作家の青年・永田(山﨑)。とはいえ、独創性が強すぎる彼の作品は大衆に受け入れられず、独善的な性格も災いして、劇団員の多くは彼のもとを去ってしまった。家賃や光熱費、さらには食費にも事欠くような貧乏生活と、肥大化する自意識の中で、彼は服飾系の専門学校に通う学生・沙希(松岡)と出会う。彼女の家に転がり込んだ永田は、安らぎを見出すと同時に、沙希の前で傍若無人に振舞い続けてしまう――。
又吉の著作「火花」や、マンガ「ハチミツとクローバー」、映画『モンパルナスの灯』(58)や『セッション』(14)といった表現者を描く作品にみられる、「周囲の人間を犠牲にしてまで、ものづくりを続ける」という作り手の性(さが)と業が克明に描き出されており、従来のイメージをかなぐり捨て、憎まれ役を演じ切った山﨑のリアルな一挙手一投足は必見。
その彼を包み込む、聖母のような存在が、松岡演じる沙希だ。「永くんはすごい」と素直に褒めたたえ、傍から見ると理不尽な仕打ちを受けても甘んじて受け入れる優しい人物だったが、少しずつ彼女の心に膿が沈殿していく。永田と生きる中でほろほろと輪郭が崩れていく、もう戻らない「年月」を感じさせる名演は、松岡の新境地と呼べるかもしれない。