8.『ひとよ』(19) 監督:白石和彌 123分
(c)2019「ひとよ」製作委員会
松岡の新たな挑戦は、『孤狼の血』(18)で評価を高めた白石和彌監督の下で行われた。佐藤健、鈴木亮平、田中裕子といった実力派の面々と、壮絶な運命を背負った家族を演じたのだ。
舞台は、田舎町のタクシー会社。家族を守るべく、暴力をふるう父親を殺害した母親(田中)が、刑期を終えて15年ぶりに帰ってきた。再会を喜ぶ末っ子の長女(松岡)に対し、複雑な感情を抱く長男(鈴木)と次男(佐藤)。母がいない間、子どもたちは世間のバッシングにさらされ、それぞれに夢をあきらめた哀しい過去があったのだ。母子の再会は、それぞれの人生に何をもたらすのか――。
15年前の事件の影響で美容師の道を断たれ、地元のスナックで働くようになった、という「被害者」でありながら、母に恨みをぶつけることなく「私たちを守ってくれた」と感謝を述べる長女。作品全体のテーマである「赦し」を象徴する人物を、松岡は一歩引いた「踏み込まない」演技と、どこか怯えや諦念の漂う「線の細い」存在感で表現した。幼少期に去ってしまった母親の愛を求め、布団にもぐりこむシーンは、大人になるしかなかった現実と、大人になりたくなかった本心がないまぜになった名場面だ。
しかし、2人の兄の前ではまた違った表情を見せる部分も、松岡の腕の見せ所。母親への憎悪をむき出しにする次男とスナックで大ゲンカするシーンは、佐藤の鋭利な攻撃性や鈴木の沸騰する怒りとぶつかり合い、激しい濁流となって観る者の心に押し寄せるだろう。
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