画期的な映画に、出会ってしまった――。『人数の町』を観た後に観客の脳裏に去来するのは、そんな思いではないだろうか。
借金取りに追われる青年・蒼山(中村倫也)は、謎の男(山中聡)に救われる。自らを“チューター”と称する彼に案内されたのは、奇妙な「町」。ここの住人たちは“デュード”という名を与えられ、「ネットに口コミを書き込む」「別人になりすまして選挙投票」等の労働と引き換えに、衣食住を保証されるという。その町で新たな生活を始める蒼山だったが……。
不条理劇の匂いが充満したミステリーを生み出したのは、本作が長編監督デビュー作となる荒木伸二。東京大学卒業後、CMプランナー・クリエイティブディレクターとして多数のCMやMVを手掛けてきた新鋭だ。
彼が脚本を手掛けた『人数の町』は、新たな才能を発掘するために立ち上げられた「第1回木下グループ新人監督賞」において、応募総数241作品の中から準グランプリに選ばれた(ちなみにグランプリの『AWAKE』は、吉沢亮主演で映画化。12月に劇場公開予定)。ストーリーとしての面白さはもとより、異彩を放つ“個性”が、映画監督の河瀨直美ら、審査員たちを引き付けたという。
「新人のオリジナル企画が通りづらい」と言われる現在の映画界で、逆襲の一手となりそうな本作。ストーリーテリングだけでなく、不穏な空気感や世界観の構築、中村をはじめとする役者の撮り方に至るまで、まばゆい才気を見せつけた荒木監督に、映画づくりの極意を聞く。
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『シークレット・サンシャイン』に奮起させられた
Q:『人数の町』、近年あまり観たことがない斬新な映画でした。ディストピアものであり不条理劇であり、ゾクっとする毒をまぶしたSFでもある。荒木監督は、これまでにどんな映画に影響を受けて、映画づくりを志向されたのでしょう?
荒木:学生のころはずっとシネフィルをやっていて、ジャック・リヴェット監督が大好きでした。特に好きなのが、13時間近くもある『アウト・ワン』(71)。大学の卒論も彼について書きましたね。
「好き」でいうとリヴェット監督で、自分の基本になっているのは、ロベール・ブレッソン監督。正確さとか、必要最低限の情報でものを作る部分に、影響を受けています。
こういった人間なので映画業界を目指してはいたんですが、このまま映画作家になると食えないだろうなと思い(苦笑)、しばらくは食べていかなければ、とプランナーやディレクターの仕事をしていました。
そうして40歳くらいになったときに「人生に他に意味のあることなんてない。映画を作らなきゃ」と自分の気持ちをたたき起こしてくれたのは、イ・チャンドン監督の『シークレット・サンシャイン』(07)でしたね。
日本でいうと濱口竜介監督の『ハッピーアワー』(15)や今泉力哉監督の作品を観て、「日本にもこんな作家が出てきた! 自分も何かできるかも」と高揚したことを覚えています。
ただ、作家主義というよりは、作品ごとに「いいなぁ」と思う人間でもあるので、作品単位でいうと『パーソナル・ショッパー』(16)や『ありがとう、トニ・エルドマン』(16)がちょうど『人数の町』を書いていたころに観た映画で、大好きですね。