©日活 ©KADOKAWA1943 ©1937 東宝
伝説の映画が復活!4K修復のマジックとは? 第33回東京国際映画祭「日本映画クラシックス」【CINEMORE ACADEMY Vol.10】
4K修復によって映画本来の姿が明らかに
ところが、こういった作品の魅力が、これまでの状態のフィルムではどうしても呑み込みづらかった。特に古い日本映画を観慣れていない若い世代には、セリフが聴き取れないのは致命的だったはずだ。4Kデジタル修復によって画質が格段に向上したのはもちろんだが、映画鑑賞という観点からすれば、音の修復の方が重要度は高いと言える。
例をひとつ挙げると、『丹下左膳餘話 百萬両の壺』では、丹下左膳と内縁の妻のお藤が孤児になった少年、ちょび安を育てることにする。ふたりはちょび松の可愛らしさにメロメロなのだが、どちらも天の邪鬼でなかなか認めようとしない。さんざん口汚く悪口を言うのに、次のシーンに切り替わるとすっかりちょび安に籠絡されてしまっている。この落差の可笑しみを、セリフが聴き取れない状態で楽しむのはかなり骨が折れる。
『人情紙風船』は、『河内山宗俊』や『丹下左膳餘話 百萬両の壺』と同様に江戸の下町に生きる庶民たちの生活が描かれているが、三作の中では最も陰惨な物語だ。貧しさゆえに生まれるやるせないドラマの重さも、不鮮明な映像と聞こえづらいセリフで味わうのは難しい。つまり今回の4Kデジタル修復は、山中貞雄がいかに天才かを学ぶというより、まずは一本の劇映画として堪能するための入り口だと考えて欲しい。そして邪魔なノイズを可能な限り取り除いた状態で山中作品を観てもらえれば、おのずとその天才っぷりが浮かび上がるのである。
人情紙風船 4Kデジタル修復版 ©1937 東宝
今回の修復でもたらされた恩恵は、実はもうひとつある。これまで一般に広く観られてきた『丹下左膳餘話 百萬両の壺』は、先にも説明したように部分的に欠落した部分がある。中でも特に惜しまれていたのが、剣豪である丹下左膳が、ヤクザ者の集団相手に一人で立ち向かう立ち回りのシーン。筆者は、あきらかにクライマックスに当たるそのシーンのスチール写真をある映画本で見たことがあり、「そんな大切なシーンが消失していたとは!」と強く憤ったものだ。
そして、なんと今回の4Kデジタル修復版では、その剣戟シーンが復活しているのである。正確には、市販されていた玩具用フィルムからそのシーンの一部が発見され、デジタルの利点を生かして全く状態の異なるフィルムを結合し修復することができたのだ(そのため今回上映される修復版は「最長版」と謳われている)。
『丹下左膳餘話 百萬両の壺』がコメディであると何度も書いたが、本来チャンバラアクションだった丹下左膳ものをホームコメディとしてアレンジし直したことに山中貞雄の革新性があった。しかし、本来のジャンルの核の部分が失われていれば、ばただのパロディになってしまいかねない。わずかな19秒間(かつ無音)とはいえ、オリジナルの大乱闘シーンが復活したことで、公開から85年を経てついに、われわれ現代の観客が本来どういうテイストの映画だったのかを目の当たりにすることになるである。