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『ガタカ』から考える未来の命 「Cinema未来館」SFは未来のシナリオか?【CINEMORE ACADEMY Vol.13】

(c)Photofest / Getty Images

『ガタカ』から考える未来の命 「Cinema未来館」SFは未来のシナリオか?【CINEMORE ACADEMY Vol.13】

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科学とフィクションと社会



Q:SFの中では、ライフサイエンスなどが怖いものとして描かれてきたと思うのですが、逆に八代さんの研究の中で、ポジティブにSFの力を使うという可能性はあるのでしょうか。


八代:あると思うのですが、正直自分はまだ解答に至っていないです。


私は、東大の中内啓光先生のところで学位をとっているのですが、中内先生はヒト動物キメラという研究で有名で、動物の体内で臓器を作って移植するということをされています。僕が大学院に入った頃からずっとおっしゃっていたのですが、キメラの話もSFだとかファンタジーの中でみると良く(ポジティブに)扱われている話というのはあまり無いわけです。


“キメラ”という語感が悪いのではないかという人もいるのですが、実は動物の体内で臓器を作ることをどう思うかというアンケートをとったことがあって、キメラという言葉を使わなくても、一般の皆さんは直感的には嫌だと回答される。研究者の方々は科学的な意義も分かっているので、6〜7割の方は受容されるという解答をされます。一方で、一般の方々は6割以上がNoと解答される。


ただ当然ですが、すごく丁寧に説明するとYesと回答してくれる。やはりまだ根っこのところで嫌だという感情がありますね。『鋼の錬金術師』に出てくるキメラも可哀想なものとして出てきますよね。


逆に言うと、そういった誤解や違和感を知るためのものとしては、SFが良いかも知れないですよね。そのあたりは佐藤さん、脚本家の側からどう思われますか。




佐藤:正直に言って我々は科学を描きたいわけではない。描きたいのは兄弟の話であったり、恋愛の話であったり。ロミオアンドジュリエットと本質的には変わらないんです。貧しい人と富める人との関係を描くために、ガジェットとして科学を使っているだけなんです。『インターステラー』(14)でも、時間と空間を親子の和解に使っているし、大体クリストファー・ノーランは科学を和解に使っていますよね。


確かに先ほどの話を聞いていて、ライフサイエンスをポジティブなものとしてストーリーに入れるということをやれたら面白そうだな、と思いました。というのも、『鉄腕アトム』というのは原子力をプラスイメージとして扱っていますよね。


世界では“nuclear”と呼ばれていますが、日本では“原子力”と“核”という二つの言い方がある。同じものなのに物語によって“原子力”は良いもの、“核”は悪いものという区分を作ることが出来てしまっている。


そういう意味では、ライフサイエンスやヒトゲノム計画、キメラなどが、所謂神話世界の中での悪や恐ろしいものとして扱われているのが、その一面性にしか触れられていないのではないかと思いますね。


ウイルスや黒死病、スペイン風邪とほぼ同じシステムを、ドラキュラであったりゾンビであったりが使っていますよね、飛沫や感染というシステムとして。


逆に『エヴァンゲリオン』であれば、LCL(コックピット内に注水される液体)を使えばシステムと直結出来るようになりますが、あれはほとんど人体改造に近い表現ですが、ポジティブに扱われている。宇宙で言えば、老化や代謝を止めるためにライフサイエンスを使うのであればポジティブですよね。『インターステラー』でも娘に会いに行くためであれば、科学をめちゃくちゃポジティブに使っています。



八代:遺伝子改変などの技術に関しても、適切なことが出来るのであれば、やらないことは将来の人類に対する怠慢であるという倫理学者もいます。倫理というとバイオテクノロジーにネガティブというイメージもあると想いますが、例えばジュリアン・サバレスキュというイギリスの研究者はES細胞をつくるために受精卵を使うことを肯定したり、適切に行われるならば、受精卵へのゲノム編集も肯定的にとらえています。適切という言葉が難しいのですが。技術があって、より良く出来るのにやらないということは怠慢であり、将来の人類に対して責任を追わないということであるとも言える。


佐藤:ライフサイエンスをポジティブに使っているのは最近でいうとマーベル作品ですよね、ハルクとかアントマン。アントマンで、小さくなったら時間がないというのはドラえもん以来の発明だと思います。時間と空間の飛び越え方がミクロの決死圏の先にあるとは思っていなかったです。


八代:あとはネガティブになっていないというのであれば、ミュータント・タートルズがありますね。


佐藤:仮面ライダーも始まりはダークでしたが、最近のライダーはポジティブですよね。


八代:やはり遺伝子に関してはある程度神話のようなものがあるのですが、皆さん遺伝子によって全部決定されると思いすぎです。あとは遺伝子シークエンスの技術が進むほど差別が進むというというけれど、それって科学のせいではないと思っています。社会の側が要求しているというか。


科学の解析結果自体には価値がなくて、価値をつけるのは社会の価値観です。シークエンスの技術が進むほど安価に早く解析できるようになるのですが、本来は誰しもがミュータントであるということが分かると思います。教科書に書かれている通りの遺伝子配列だけを持っている人というのはいないのです。皆基準値から外れた遺伝子配列を持っていて、疾患と呼ばれる症状に含まれるかどうかの違いというだけなんですよね。


ガタカは結局のところ、頑張っている人を陰ながら応援してくれている優しい世界の話だと思うのですが、実は今の現実世界のほうが優しくない世界に向かっているのではないかなと。


病気になったら生きられなくて可哀想だから中絶するという判断、その判断自体はするべき人がすると思うのですが、そういう風に思わざるをえない社会を作っているのは誰なのかということですよね。


Q:フィクションが描くべきなのは、科学ではなく社会だということですよね。


佐藤:そう思います。社会を描くための鏡としての科学というのはあるけれども、それは宗教とかとあまり変わらない意図で使っている気はしますね。


八代:佐藤さんがおっしゃるとおりで、宗教だと聖典に書かれているので仕方がないとなるけれども、そもそもそういったところから脱却しようとしてきたのが科学。それなのに今は科学が聖典化してしまっている。


SFでそう描くことは良いと思うのですが、それを信じてしまう研究というのは逆に科学の聖典に乗っ取られてしまっているなと思います。


佐藤:ガタカは遺伝子が良い悪いの話ではなく、それを悪用したり権利を主張するといった、ガタカ社が問題なのではないか?という話なのかもしれないですね。


Q:科学とフィクションという話だったのですが、科学とフィクションと社会という三角形の構図が見えてきましたね。



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