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拡張する『ファーゴ』の世界【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.55】

拡張する『ファーゴ』の世界【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.55】

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「シーズン3と『悪人』の正体」





 2010年へと再び時代が進むシーズン3は、ユアン・マクレガーがひとりで双子のスタッシー兄弟を演じたことでも話題を呼んだ。駐車場経営者として成功したエミットと保護監察官のレイ・スタッシー兄弟が今度の巻き込まれる市民枠であり、エミットが我が物にしてしまった父親の遺産(非常に貴重なたった一枚の切手)を奪うため、レイがコソ泥を差し向けることが事件の発端となる。エミットの住所を記したメモをなくした泥棒は、辛うじて覚えていたスタッシーという名をもとに見つけた家に押し入り、同姓の別人を殺してしまうのだ。こうして不運な犠牲者スタッシーの義理の娘で警察署長のグロリア・バーグルが、物語に加わることになる。


 キャリー・クーンが演じるグロリアは、これまでのモリーやルーに比べるとだいぶひっそりとして儚げな印象の人物だが、その透けるような存在感は自動扉のセンサーになかなか反応されないという日常や、人々が当たり前のように使うようになったソーシャル・ネットワークはおろか、インターネットにさえ疎いという描写を通して伝えられる。しかし、それでいながら義父殺しの犯人への追及を緩めることはない、意志や芯の強さが感じられるキャラクターでもある。またシーズン1ではモリーとルー、シーズン2ではルーの妻ベッツィとその父ハンク、そして今回のグロリアと義父エニス・スタッシーといったように、父と娘の関係も本シリーズで繰り返されるテーマのように思える。


 シーズン3における怪人V・M・ヴァーガについては、本連載第17回「デヴィッド・シューリスの魅力的な影」でもシューリスの怪演のひとつとして紹介したが、現時点では本シリーズで最も得体の知れない謎の人物だ。エミットの会社に一方的な投資をしてこれを乗っ取り、エミットがもみ合いの末に勢い余ってレイを殺してしまった際にも瞬く間に隠蔽を図る。部下を引き連れていたり、あらゆる情報を掴んで物事を操る様子から、これまでの悪人たちとは段違いの力を持っていることがわかる。シーズン1のマルヴォのようなわかりやすい邪悪さや、シーズン2のハンジーが持つ鋭さはなく、見かけ上はあまり清潔とは言えないヨレヨレの格好で、髪も薄くぼんやり佇んでいる地味な風体なのだが、だからこそその背後にある力との落差が恐ろしさを感じさせるのだ。

 

 本シリーズにおける悪人の条件とは、物語をひっかきまわしながらも、物語の外側にいるかのような、なかなか手出しのできない不思議な位置にいること。ヴァーガは十分過ぎるほどその条件をクリアした怪人物なわけだが、その名を検索しようとするとパソコン自体がクラッシュするばかりか、調べようとした人間も変死を遂げてしまうのだから、尻尾を掴むことなど一切できない。物語はいつしか、巻き込まれた平凡な人々や事件を追う警官の話だけにとどまらず、この計り知れない力を持つ男に対して抵抗し戦いを挑むというような展開へと進んでいく。それはほとんど実体のない力に抗うかのような戦いだ。


 そこで思い至る。マルヴォ、ハンジー、ヴァーガといったドラマ版の怪人物たちは、映画版における行き違いや偶然の重なり、運命のいたずらといったものを人物の形にしたものなのではないかと。だからこそ彼らに相当するような存在は映画版には登場しない。小市民の欲や暗い衝動を刺激し、事態を意味もなく余計にかきまわし、さらにはいろいろな場面に影を落として全てを操ろうとする。作品の特徴でもある狂っていく歯車を体現しているのが彼らなのだ。


 同時に「警察官・市民・悪人」という繰り返される構図は、古典的なカートゥーンで見かけるような、頭上に浮かぶ天使と悪魔に挟まれたひとが揺れ動いているあの絵面にも見えてくる。真ん中に挟まれた人々はとっくに罪を犯し、嘘を上塗りしてどんどん後に引けなくなっていくものの、どのシーズンでも必ず一度は警官が手を差し伸べているはずだ。レスターも、ブロムクイスト夫妻も、スタッシー兄弟も、チャンスは与えられていた。もちろん「今ならまだ間に合う」という申し出をつっぱねて後戻りできなくなってしまうのが『ファーゴ』の愛すべき人々である。そして、天使と悪魔に挟まれるかのような選択は程度の差はあれど現実の世の中にも溢れており、一瞬の選択で人生が狂っていくドラマの人物たちと観ているこちらとに、それほどの違いや隔たりはないようにも感じる。映画版をはじめ本シリーズの各話の冒頭にも必ず現れる「これは実話である」のテロップ(これもお決まりの様式だ)を思い浮かべずにはいられない。


 一本の映画の作品世界を豊かなキャラクターたちによって拡張し続けるドラマ版『ファーゴ』。冬の中西部を舞台に、まさに雪だるま式にことが大きくなっていく物語と同様、作品そのものもどんどん進化し続けていると言える。これらの一貫した様式を使って延々と続けてほしいものだが、ひとまずは最新のシーズン4を楽しみにしたい。



イラスト・文:川原瑞丸

1991年生まれ。イラストレーター。雑誌や書籍の装画・挿絵のほかに映画や本のイラストコラムなど。

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