トレンチコート『サムライ』
ハンフリー・ボガートからオードリー・ヘプバーンまで、ハリウッドのゴールデンエイジを彩るスターたちに愛されてきたのが、トレンチコート。そう聞いただけで数々の名場面がリアルに蘇る、王道のファッションアイテムである。
トレンチコートは、第一次世界大戦時にイギリス陸軍が塹壕(トレンチ)で着た防水型のコートが起源。耐久性と防水性に優れ、一般的にはダブル仕立て、ラグランまたはセットインスリーブ、ケープバック(肩おおい)が付き、ベルトをしっかりと締めるのが特徴だ。後にトラディッショナルなアイテムとして一般に広まっていった、最も馴染みのあるミリタリーウェアではないだろうか。
発案したのはイギリスの2大高級服飾メーカー、バーバリーとアクアスキュータム。さらにその起源は、バーバリーの創業者、トーマス・バーバリーが開発し、第二次ボーア戦争(1899~1902)の際にイギリス人将校たちが着た、胸ボタンなしで腰ベルトを結ぶだけのラップコートを基にした、タイロッケンコートだと言われている。
さて、映画史に於いてトレンチコートが最大限に存在感を発揮したのは『サムライ』(67)ではないだろうか。なぜなら、アラン・ドロン扮する殺し屋ジェフにとってのトレンチは、まさに殺しの戦場に出陣するための軍服以外の何物でもないからだ。若干オーバーサイズのダブルブレストのトレンチコートに袖を通し、コートベルトをキツく結び、高い襟を立て、フェドーラ帽を深く被り、指でつばをさっと横撫でする出陣の儀式は、まるで死を覚悟した兵士のルーティンのようではないか。
第一次大戦中に、マップケースや剣、手榴弾などの装備を運ぶために追加されたと思しき真鍮製のDリング。このリングが付いたセルフベルトが、ジェフのトレンチコートのウエストラインに伸びている。ディテールをチェックすればするほど、トレンチコートが役柄と物語に直結していることがわかるのだ。
こうして、『マルタの鷹』(41)でトレンチコートの真髄を披露したハンフリー・ボガートの着こなしを、アラン・ドロンが見事にアップデートしたのである。
トレンチコートの原型とも言われるタイロッケンコートを現代的にアップデートした逸品。クラシカルなデザインにトレンド感溢れるシルエットを融合。
文 : 清藤秀人(きよとう ひでと)
アパレル業界から映画ライターに転身。映画com、ぴあ、J.COMマガジン、Tokyo Walker、Yahoo!ニュース個人"清藤秀人のシネマジム"等に定期的にレビューを執筆。著書にファッションの知識を生かした「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社刊)等。現在、BS10 スターチャンネルの映画情報番組「映画をもっと。」で解説を担当。