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『シラノ』ジョー・ライト監督 何度も語られた有名な物語を、新たなスタイルで今届ける意味【Director’s Interview Vol.183】
シラノ・ド・ベルジュラック。他人より大きめの鼻をコンプレックスに感じ、愛する女性に想いを打ち明けられない主人公として、これまで多くの舞台、映画で描かれてきた。あまりに有名な物語を、新たな設定に変え、ミュージカルとして描いたのが、この『シラノ』だ。今回のシラノは、剣の達人で詩人というキャラクターはそのままに、大きな鼻ではなく周囲より低い身長のために、幼なじみのロクサーヌへの恋心を内に秘める。ロクサーヌが好きになった相手に代わり、詩の才能を使ってラブレターを書くシラノの物語が、劇的なミュージカルナンバーとともに描かれるのだ。
シラノ役を演じたのは「ゲーム・オブ・スローンズ」などで知られるピーター・ディンクレイジ。そして監督はジョー・ライト。『プライドと偏見』(05)、『つぐない』(07)など、いわゆる文芸モノを最も得意とするライトだけあって、17世紀フランスを舞台にした『シラノ』も、撮影場所や美術、映像美にこだわってクラシカルな世界が構築された。監督を引き受けたきっかけから、舞台を映画化する際のポイントなどを、ライトに聞いた。
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映画化の話を聞く前に舞台に感動した
Q:この『シラノ』は舞台の映画化です。舞台をご覧になったのは、監督を引き受けるためですか。
ライト:いや、そうではありません。ロクサーヌ役で出演したヘイリー(・ベネット)に、コネチカット州でのワークショップを観に来てほしいと誘われました。そこは小劇場で120人ほどの観客でした。シラノ・ド・ベルジュラックの新たなキャラクター像と解釈で、想像しなかった物語に驚きましたね。いちばんの衝撃は、ピーター・ディンクレイジのシラノ役で、これは物語に適切だと強く感じたのです。
Q:ヘイリーのロクサーヌはいかがでしたか。
ライト:シラノの物語におけるロクサーヌは、基本的に彼の運命を進めるためにそこにいる役割。でもこの作品では、ロクサーヌの悩みや葛藤が想像した以上に強いものでした。そこをヘイリーがエモーショナルに表現していましたね。
『シラノ』© 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.
Q:その後、映画化のプロジェクトがスタートしたわけですね。監督を引き受けた理由を聞かせてください。
ライト:ピーターとヘイリーの共演で映画にできると知ったからです。そしてこの物語が現代社会に必要だと感じました。SNSやインターネットによって、人と人のつながりが間接的になったこの時代に、実際に誰かと接したり、人間関係で失敗することの重要性を、みんなもっと知るべきでしょう。そう考えるうちにコロナによるパンデミックが起こり、人と人の物理的なつながりがさらに希薄になりました。今こそ作るべき映画だと痛感したのです。
Q:物語の設定は17世紀フランスですが、あえてロケ地はイタリアのシチリア島を選んでいます。
ライト:これは正確に時代を再現する物語ではありません。一種のファンタジーです。ですから、ロケ地には考え得る最もロマンチックな風景を選択しました。衣装にしても、17世紀のものというより、アレクサンダー・マックイーンに触発されたスタイルを意識しています。
Q:『シラノ』はあなたにとっても初めてのミュージカルです。もともとこのジャンルへの興味は?
ライト:たとえばアンドリュー・ロイド・ウェバーに代表される、1980〜90年代あたりのミュージカルにそれほど興味はありませんでした。むしろ今回目指したのは、ラース・フォン・トリアーの『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(00)あたりでしょうか。ザ・ナショナルによる『シラノ』の音楽は、朗々と心情を語るタイプではなく、聴いていて親近感をおぼえます。ジャズのように自然に耳に入ってくるので、演出しやすかったです。