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『ブルーサーマル』橘正紀監督 アニメは「全部描く」もの。だからこそリアリティに執着する【Director’s Interview Vol.189】
上昇気流に乗って空を飛ぶ航空機・グライダーを題材にした青春スポーツ漫画「ブルーサーマル -青凪大学体育会航空部-」(著:小沢かな)が、『東京マグニチュード8.0』(09)『ばらかもん』(14)『プリンセス・プリンシパル』(17~)等で知られる橘正紀監督によってアニメーション映画化された。
大学の航空部新入部員・都留たまきを中心に、空に青春をかける若者たちの努力や葛藤のドラマを、ダイナミックな映像と共に描く本作。原作者の小沢氏自身が航空部の出身であり、リアルな描写に定評のある原作に、橘監督はどう挑んだのか。彼自身が通った映画遍歴を通して、こだわりの数々に迫った。
Index
自分で直して「しまう」リアリティへの執念
Q:冒頭、車の車体に木の陰がかかるシーンから、風景・背景描写への並々ならぬ意気込みを感じました。橘監督は初監督作『東京マグニチュード8.0』(09)から、リアリティある緻密な風景・背景描写が印象的でしたが、こだわりを教えてください。
橘:今回だと妻沼の滑空場など、実在する場所が多く出てくることもあるのですが、ある程度みんなが知っている場所をリアリティを持たせて描くことで、導入として親しみがわく効果もあります。「あるものはきちんと描こう」というのが前提としてありましたね。そのうえで“絵”になるように描いていかないといけないので、ちょっと味付けするところはありますが「こういうシーン、現実にもあるよね」と思ってもらえるよう狙っている部分はあります。
Q:それはご自身の演出経験の中で培われた方法論なのでしょうか。
橘:そうですね。僕らの世代は宮崎駿さんの映画をよく観ていて、ファンタジーであっても画面のリアリティを重視するというアプローチに自然と向いていったところはあるかもしれません。今でも、テレビでアニメを観ていても「道路の幅はこんなんじゃないのに」「塀の高さがおかしいな」「部屋の中にいるのにパースが変だな」と僕自身が気になっちゃうところもありますし、現実感を持たせるところに感動してきた人間なので、画面から目指していきたいという気持ちはあります。
演出に関していうと、僕は監督の中ではイレギュラーな方で、アニメーターが描いてきた絵に対して(リテイクを文字で指示するのではなく)自分で直してしまうタイプなんです。「この辺はもうちょっとこういうのを入れたい」というのを、絵で描いてしまう。
『ブルーサーマル』© 2022「ブルーサーマル」製作委員会
Q:『攻殻機動隊S.A.C』(02〜03)のインタビューで、「描き直す」お話をされていましたね。
橘:子どものころに『魔女の宅急便』(89)のメイキングを観たとき、宮崎さんがアニメーターに対して「これじゃ何も伝わらない」「何を見てるんだ」と叱りながら自分で修正を描いていました。そのときはアニメ業界のことを知らなかったので「監督って自分で描くんだ」と誤解していたんですが、実はそういう人はほとんどいません(笑)。宮崎さんはアニメーター出身だから自分で描いていたんだ、というのは、業界に入って初めて気づきました。
アニメーターはきちんとプライドを持って仕事をしているから、「演出ごときが絵を直しやがって」という人も当然ながらいるわけです。だからこそ、アニメーターに負けない説得力のあるものを提示しないと怒られてしまったり、「これじゃ描けない」と言われてしまう。自分の伝えたいことをちゃんと伝えるために、業界に入ってから頑張って絵を描けるようにしました。
難しいところですが、絵が描けないと、どこかで妥協しないといけなくなってしまう気がします。妥協をするか、自分で苦労して描くかのどちらかだと思いますが、僕は後者を選んだという形ですね。例えば冒頭シーンの長崎空港に向かう道のカーブのレイアウトは僕が直したんですが、その後からレイアウト作監さんがさらに修正して(笑)。ただそうやってみんなが頑張ってくれたおかげで、画面の説得力が生まれたと思います。