悪意と共感
Q:吉田監督は一貫して悪意と共感の両面を並列させていますが、今回の作品ではどんなバランスを目指していたんでしょう?
吉田:俺は基本的には、登場人物すべての短所と長所を、本当は同じだけ描きたいんです。人間のいい部分と悪い部分の両方を描かないと気持ちが悪い。でも今回はちょっと、悪意の方が目立つかなとは思ってるんですけど、大丈夫ですかね?(笑)
Q:でも酔っ払ったゆりのパンツが見えていて男たちが調子に乗ってる場面とか、コンパでお持ち帰りを競う「巨乳ちゃんじゃんけん」とかは、悪意はあってもホモソーシャルなノリのくだらなさへの批評になっていると思うんです。
吉田:あれなんかは、俺が行った飲み会でホントに起きたことで。コンパがあって、俺は途中で帰ったんですけど、後からトイレの前でお持ち帰りじゃんけんしてるところを女子に見られたって聞いて「超サムイなお前ら」って(笑)。映画にしたら超いいシーンになるとずっと思ってたんです。
『神は見返りを求める』©2022「神は見返りを求める」製作委員会
Q:そういう露悪的な描写が、以前よりも論議の対象になる時代にはなりましたよね。
吉田:どこかでそういうリミッターが止まるのか、どこまでも行くのかわからないですけど、自分はいつか除外されていくメンバーに入るんじゃないかとは思ってます。最近は「人を傷つけないお笑い」とかもあるじゃないですか。毒舌漫才やってる人は自然淘汰されていくしかないのかも知れないし、また毒が見たくなるのかも知れない。それはそれで時代の流れだから、仕方ないというか、それでもいいというか。
海外でも、女性のパンツが見えてるとか、胸が大きいみたいな描写についてよく指摘されるんですけど、俺はそれと同じくらい男のヒドイ部分も映してるわけです。『犬猿』の時に「女性蔑視っぽいセリフがあるんですけど、監督はそういう考えなんですか?」って聞かれたことがあって、「あ、あなたは女性だからそこに気づいたかも知れないですけど、別のシーンでは男性蔑視のセリフもめちゃくちゃ入ってますよ。男女両方を蔑視してる人たちの映画です」って言ったんですけど。
俺はあくまでも人間臭さ、滑稽さを描きたいので、それについてどう反応されるかについては自分では知らんとしか言いようがない。そこに気を遣いすぎると、自分の映画はつまらなくなっちゃうと思うんです。あとはもう時代さんが、われわれを選別してくださいとしか言いようがない。優等生な映画を作れるタイプじゃないし、ムリに優等生映画を作ったら今度は「感動ポルノだ」みたいなことを言われるかも知れないし。